第16話 発芽①
その後、ヴァラレイス・アイタンは他の病室へと赴いて、まだ悪夢と戦っている患者たちの苦しみを肩代わりしていく。
そうして俺たちは用事を済ますと、診療所を後にする。外の空気は肌寒く、空も夜明けが近づいていた。
「――まずいまずいまずいまずいまずいまずい、朝が朝が朝が朝が来る」
無表情で取り乱しているヴァラレイス。
「朝は苦手か? もしかして幽霊みたいなものだから、朝が来ると消えるとか、そっちの心配か?」
「明るいのが嫌なんだ……私を世の中に、はっきり表したくもない。陰で地味にひっそりと存在しない者でありたい。でないとでないと、幸福にするために落ちたのに、なんで出てきてんだよ! と言われかねない。別に姿は見られないようにも出来るけど…………と、とにかく、どこかないか。醜い私が存在しても許されそうな場所は!」
俺の身体をグラグラ揺さぶってくる、相当焦っているようだな。
「じゃ、じゃあさ……俺の家に来ます?」
ヴァラレイスはその提案に即答した。とにかく朝が来る前にどこかに隠れたかったみたいだ。
彼女がまた屋形車を出現させ、二人して乗り込み、先ほどよりも数段速いスピードで目的地まで向かっていく。車体の揺れや移動の速度がハンパない感じ。
それから数十分後、屋形車が質素な一軒家の前で停止する。俺の家に到着したのだ。
(……あれ? 行き先も教えていないのに、どうして俺の家に着いたんだろう……?)
「お前の心の中を覗いて知ったんだ……」
屋形車から降りて、それをまた戻す彼女と、心と口による不思議な会話をしていた。
そうして俺は家に歩み寄って行くと、目を見開いてしまう。なんと玄関の扉が開きっぱなしだったのだ。けど直ぐに気が付く。
(……ああ、夜中に靴も履かずに飛び出したんだった)
「なんでもいいが……本当にここで、朝から隠れられるのか? 家の中が見えているぞ? さっきから何だ? この透明な壁は……」
「それは、窓ガラスっていう……まぁいいか。ヴァラレイス、中に入っても大丈夫だ。カーテンを掛ければ朝から隠れられるよ」
それを聞いても、彼女は疑いの目を向けるが、観念して家の中へと入る。俺は急いで家の一階を駆け巡り、窓のカーテンを水色から黒色に取り替えて、光が一切通らないようにしておく。玄関も廊下もダイニングも、外より真っ暗になってしまった。ちなみに吸明液による照明具は深夜帯にまで、発光しないように工夫がされている。こういう時はスイッチ一つでオンオフを切り替えられるランタンを使用している。しかもヴァラレイスは暗がりがいいらしくので、明かりも小さく調整しておかなければならない。こうして彼女の納得する空間を作り出した。
「ああ~~、いい~~、こういう空間が落ち着くんだぁ……」
真っ暗になったダイニングで、ヴァラレイスはソファーに寝そべって脱力感満載の声を出していた。
「こっちは落ち着かない。真っ暗だと不安になる……」
俺はテーブルに置かれたランタンの明かりに頼って、椅子へと腰掛けた。
「そうか? ならば、その不安は私がもらっておこう……」
その一言で、本当に俺から不安がなくなってしまう。代わりに彼女はナニかを握り込んで、その身に宿していくような仕草をした。ナニかとは恐らくは俺の不安だ。
(……まるで魔法だ。キミの力は一体……)
「……何でもいいだろ」
俺の心の呟きに、彼女は適当な答えを返した。
「…………ヴァラレイスは喉とか乾かないか? お腹が空いてたりするなら、食べ物を用意するけど……?」
俺は別の話題を切り出してみた。
「私には必要ない。けど、お前は十分に取れよ。かなり疲れが出てる」
「うん、わかった。でも後で良いさ。先に君と話がしたい……あっそうだ、さっきの……喧嘩がどうとかっていう質問とか……」
「……それを訊いたら、喧嘩は出来ないって言ったじゃないか……?」
「それでも、何か相談には乗れるかもしれない。まだやれることがあるかもしれない、まだ全部が終わったわけじゃないんだろ?」
「……そうだ。悪夢の種が出現する理由を摘み取らなければ、トラブル騒動も衰弱者もまだまだ出てくる。これから私はその原因を探ろうと思っている」
「具体的にどう探るつもりなんだ?」
「夜中の街をひたすら彷徨い歩くだけさ……」
「(……計画性の欠片もないな。おっと、呆れては悪いな)……ま、街で探し回るとして、そんなに悠長に構えていていいのか? フェリカみたいな深刻度の高い衰弱者がこれからも出てくるんだろ?」
「うう……そうしたくても日中は活動できないんだ。それに私は頭も良くない、街をウロウロして、地道に探していくことしか思い至らないんだ」
「そんな方法ですぐに解決できるのか?」
「……わからない……何だその顔は? そうだよ~~私がお馬鹿なせいで皆の不幸が長引くってことが言いたいんだろ……白状するさ、何も考えてなかったよ。ここに来なければって衝動が先走ってしまったんだ。でも、それでも、皆を何とかして助けたかったんだ。けど、来てみたら何をどうすればいいのかわからなくなって…………幻滅しただろ?」
「ううん、してないさ。……君のおかげで俺は間違わなかった。そのことには感謝してるんだ。けど……最終焉郷? 絶楽腐海? に、昔キミが身を投じた時も行動が先走ったのか……?」
「いや、あの時はしっかり考えて行動した……深い暗黒の中に行く固い決心をしてな」
(……暗黒の中、また怖そうな話をさらっと言うんだな)
心の中で呟くと、ヴァラレイスは小さく「ごめん」と零していた。
「……ところで、どうして喧嘩が出来るなんて聞いたんだ?」
「ん? ああ、そういえば言ってなかったな……悪夢種は出来て終わりじゃない。栄養を補給していくと、黒い芽を出してどんどん成長していくんだ。発芽状態と言ってな、この段階に来てしまうと、悪夢を叶えるための力を行使できるようになるんだ」
「……悪夢を叶える力?」
「そうだ。トラブルを起こす者たちは、単に暴れている訳じゃないぞ? アレでも幸福な夢を見ているつもりなんだ。ただ、その悪夢を現実で叶えようとしてしまっただけなんだ……それは途方もない苦しみの始まりかもしれないのに……」
「それは、身の丈に合う夢を見ろって言う風に聞こえてくる……」
「そうは言っていない。夢と悪夢は違うって話さ……普通は悪夢に気が付いて目を覚ますものだしな……」
一拍おいて、また話を続けるヴァラレイス。
「――けれど、悪夢種は目を覚まさせない。むしろ悪夢を叶えさせるために、凶悪な力を授けてしまうほどだ……」
「具体的に、その力ってのはどういうモノのことを言っているんだ? 行動力とかの話か?」
「ん~~、自己暗示に近いが……こればかりは口で説明するよりも、実際に見た方が理解は早い。夜中の徘徊時間に説明しよう……だから、お前には喧嘩をしてもらうかもしれないから。そのつもりで体力をつけておけよ」
「えっ? 説明するのに俺がどうして喧嘩をするんだ? って、なにを眠ろうとしているんだ……」
ソファーに寝そべっていたヴァラレイスの体勢がうつ伏せになる。着物も少々乱れてはだけている。
「……うぅ~~すまない。もう朝が近づいてきて……気分が限界になって来た。これから夜中まで沈むから、それまでに準備を怠るなよ」
「いやいや、俺はまだ喧嘩をするとは……」
「うぅ~~~~、幸福な世界に出てきてすみません。今すぐ沈みますから、太陽さん……どうか皆を明るく照らして、元気づけてあげてください。よろしくお願いします……」
申し訳なさそうな声のヴァラレイスは、顔を伏せると微動だにしなくなった。
(そんなに暗いおやすみなさいを言わなくてもいいじゃないか……)
彼女が眠ってしまったので、俺は朝食の準備に取り掛かることにした。
(夜までに喧嘩の仕方を覚えないと……って、どうやって調べればいいんだ? そもそも喧嘩なんて実際に見たこともないんだよなぁ…………彼女の相談に乗れるかもとは言ったけど、俺も偉そうなことは言えないなぁ……)
朝食をきちんと取りながら考える。真っ暗なダイニングで伏せている彼女を見つめながら。
(今日は診療所の仕事を休みにして、夜までに自分なりの準備を進めておこう)
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