第11話 異常③

 夜が訪れて少し経った頃に、俺は自宅へと帰ってきた。


(食欲が湧かないなぁ~~、今日はもう寝ることにしよう……)


 夕食も取らずにダイニングを後にすると、二階部屋に入室するとそのままベットに倒れ込んで眠りについていく。


(悪いことばかりだった。せめて夢の中では良いことが起きますように……)


 うつぶせの身体から力が抜けていく。悩みに埋め尽くされた意識がだんだん薄れていく。眠りにつく。悪いことを全て忘れるための眠りにつく。


ここから夢を見る。


 俺は夢を見ていた。とても居心地のいい幸せな夢だ。

家には父さんと母さんがいた。二人して玄関まで足を運び、フォレンリース学庭園に登校していく俺を笑顔で見送ってくれた。幸せだった。


いつもの道をいつものように歩く。空は晴れ晴れとして気分も爽快になった、温かい陽ざしが身体の調子をよくした。街を行きかう人々は明るい顔で元気に活動していた。俺もきっと、そう見られていたことだろう。

俺は学園の門を潜ると、友達や後輩や教師たちと挨拶を交わす。またこの場所で出えたことを喜び合う。授業を受け、昼食を取り、馬鹿騒ぎをする。

いつもいつも繰り返す。何気ない日常、それは平和な証拠。退屈なんてするはずもない。

下校時には皆と別れることになる。けれど、悲しくない。明日また会えるのだ。

一人でいる時も辛くはない。歴史会館へ行くと落ち着くし、街では毎回いろんなものを食べ歩きにでき、時計塔に昇ればそこからの景色に感動を覚える。

ティエル診療所で働いていると、よく元気をなくした人がやってくる……けど、その人たちは必ず元気になって帰っていくのだ。ありがとうとお礼を残して、

夜は家族揃っての夕食だ。理由は何だっていい、その場に一緒にいること。それが一番大事なことだ。それが幸せの光景だ。いつまでも続くべき幸せな光景だ。

この世界では誰も負けはしない。全ての人が常に勝利者でいられるように出来ている。

それは誰もが、この幸せをいつまでも続かせたいと思っているからだ。

だから絶対に壊れない。


けれど、それは俺の夢でしかなかったのかもしれない。


料理は砂になって崩れ去った。父さんと母さんは溶けて泥になった。

俺は怖くなって家を飛び出した。すると、家は音を軋ませながら捻じれ曲がり歪んでいく。俺は言語になってない言葉を叫んだ。

地面が割れて、おかしくなった家が底に落ちていった。俺の足場まで崩れそうになってしまったので後ずさり、巻き込まれないように走って逃げる。醜く逃げる。無様に逃げる。必死に逃げる。全速力で逃げる。

何故だか街の空が赤黒く染まっていた。さらに大岩がいくつも降って来て、見知った人の家を、親しんで通っていた店を潰して爆発させていた。

助けを請おうと思って向かっていたティエル診療所も、好きだった時計塔も、頑丈なはずの歴史会館も、思いでしかないフォレンリース学庭園も、何もかもが潰され爆発し無くなっていく。

俺は絶叫した。頭がおかしくなった。二度と立ち上がれなくなった。

いっそ、大岩に潰されて終わりたかった。それでも、俺にだけは降ってこない。

哀しみを、苦しみを、辛さを見せつけてきた。もう見たくない。やめてほしかった。

だから目を瞑った、耳を塞いだ、心を閉ざした。何も感じないために。

そこで、ようやく俺は気付いた。


――これは悪夢だ。


「――――ばはぁ!!!? がぁ! はぁはぁはぁはぁ! はぁはぁ! ぐぁ……はぁはぁ!」


どうしたことか、目覚めたら息がうまくできなかった。酷く荒い呼吸に、服も汗でぐっしょりとなっていた。


「げほっ、げほ! がほ……はぁはぁ……」


ようやく落ち着いてきたところで、汗ばむ身体を拭き、身軽な服に着替え直した。


「はぁ、はぁ……そうだ、夢を見てたんだ……とりあえず、み、水を飲みに行こう……」


ベッドから立ち上がり、ダイニングへと向かう。テーブルの上の水差しを手に取り、グラスに水を注いで、喉にゴクゴクと流し込んでいく。


(酷い……悪夢だった。あんなに怖い夢なんて……初めて見た)


身体がふらついた俺は、テーブルに腕をついて何とか身体を支えた。


(ま、まだ外は暗いか。時計はどうだろう…………夜中の日付が変わった頃か……もう一度、眠り直さないといけないな……けど、あんな夢を見た後だと……眠るのが……怖い。眠りたくない……椅子にでも座って、朝まで待とうかな……)


静かな家の中で椅子に腰掛けた俺は、チクタク動く時計に視線を固定してボーーっとしていた。そのとき、


――――ガガン!!


「――わっ!?」


窓から不審な物音がして、俺の心臓がドキン! と驚いた。


(窓が揺れた……誰か外にいる? まさか、多発トラブルを起こすような人が……ここに来てたり、しないよなぁ……)


恐る恐ると窓へ近づいて、物音の正体を確かめようとした。

窓の外に人影のようなものはなく、代わりに一匹の野良猫が歩いていた。


(なんだ、猫か……驚かせるなよ)


安心した俺は後ろを振り返ると、


黒い風貌の知らない男が立っていた。


(えっ……誰だ…………)


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


叫びだした男が俺に掴みかかってきた。両手を首にかけて締め上げてくるが、何とか抵抗して耐える。しかし、勢いに負けて背中を窓ガラスにぶつけてしまった。


「ぐあっ! あ、あなたは! 誰だ! うちに何の用だ!」

「家だ! 家が欲しい! ここに住まわせてくれよ! いいだろぉ外は寂しいんだよ! 嫌だっていうならお前には出ていってもらうからなぁ!」

「そ、そんなこと……ぐうう……」


より一層、男の手に力が増していく。俺はその力に抵抗したが、間もなく意識を失った。夜の暗がりよりも深い闇に視界が染まり、


「――はぁはぁはぁ! はぁはぁ……」


息を絶え絶えに覚醒した。


「――く、首は!?」


手を首に持ってくると何ともない、それに誰もいない。とういか、ベットで眠っていたようだ。服が汗でぐっしょりだった。


(……ゆ、夢? 今までの全部、夢か? な、なんだよ本当に命を落としたのかと……思った。なんて悪夢だよ)


安堵して……(……?)ふと気づく、扉の方で物音がしたみたいだ。暗がりでよくわからないが、まるで人の足音のような気がする。よく目を凝らして見てみると、知らない男が立っていた。そして口を開く。


「家族が欲しいんだよ。キミも一人なんだろ? 養子になってくれないか?」


そう口にした男は、俺めがけて突っかかって来る。その両手で俺の首を絞めようという構えでだ。咄嗟にベットから起き上がって回避した。


「――嫌なのか! お前! 俺は結局ずっと一人でいなきゃならないのか!」


そういって、また男が飛び掛かって来たところで、俺は反射的に蹴りを出してしまった。

その蹴りが、男の頭を壁に思いっきりぶつけさせて、そのまま動かなくしてしまった。


「はぁはぁ……お、おい……なぁ、なぁ大丈夫か……おい」


俺は優しく揺すってみたが、男は動いてくれない。それどころか息もしていない。そこで俺は知った。


「う、うう……――――――ッ!!!?」


叫びと同時に――俺は夢から目を覚ました。

息を整えて状況を確認しておく。


「はぁはぁ……ま、また夢だったのか……?」


安堵の息を漏らした直後だった。その場に全身大の鏡でもあるのかと思ったけど、違った。恐ろしくて不気味だった。部屋にもう一人のホロムがいたのだ。

俺は今まで夢を見ていたはずだったが、俺ではないホロムがベットの隣に立っていた。そして俺をじーーっと見下ろしている。

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