第9話 異常①
フォレンリース共和国、その青葉の区域で爆発が発生してから十日が経過した。
あの一件はここで平和に暮らしていた人々にとって、大きな衝撃となり今も心に残っている。
あの爆発の原因は次の日に判明した。ある飲食店に一人の男が来店すると、理由もなく暴れだし、止めにかかる店員たちを跳ね飛ばして、置かれていた蝋燭が倒れたことで火が付いてしまい、それが燃え広がると油か何かに引火してしまったらしく、爆発を起こして火災を起した。幸いにも怪我人はなく、店内にいた人たちは火が充満する前に、暴れていた男も外に連れ出して、退避していたのだ。その後、多くの住人が協力して消化に励み、火は近隣の民家に燃え移ることもなく、すぐに鎮火させることに成功したらしい。それから男は国の警備隊に連れていかれ、どこかの施設に送られた。
けれど、一件落着とはいかなかった。むしろ、ここからフォレンリース共和国の平和は崩れだした。
次の日、数件のトラブルがあった。ささいないざこざだったらしい。
だけど次の日、数十件のトラブルが発生して、怪我人も出てしまった。
さらに次の日、トラブルが数百件にまで増加してしまう。いつも平和なこの国ではありえないことのはずだった。
この次の日、トラブルはあったものの増加はしなかった。しかし、おかしな事態に国の長老たちは重い腰を上げ始めた。
その次の日、トラブル事件は、青葉の区域のみで起きていることが判明した。そのため他区域の人は近づかないようにと国から勧告があった。
しかし次の日、トラブルとは別の異常が起き始める。体調を崩してしまう人が、住んでいる区域に関係なく続出して、各診療所を忙しくさせた。
そして次の日、フォレンリース学庭園は一時休校になり、学生たちは外出を控えさせられる。
それでも次の日、青葉の区域でトラブルは多発した。それから次の日も同様に、火災、窃盗、暴行が起きてしまう。今のところ被害は出ても、いずれも軽傷で済まされている。
こうして本日まで、一連の異常は収束するどころか、広がり続けていた。
(どうしてそうなった。この世界はヴァラレイス・アイタンが地獄に落ちて数千年間、あらゆる災難は一度も起きることが無かったはずなのに、それは歴史家の父さんも断言していた。それなのに……何だこの状況は……この連続して起きる異常は何なんだ?)
俺はティエル診療所という場所に働きに来ていた。
こうして今、診療所の休憩室に座っているけど、傍からみれば思いつめたような表情で考えているのかもしれない。
そのとき休憩室の扉が開き、看護婦さんが顔を覗かせる。
「――ホロム君? 大丈夫? 気分が良くないのなら、お手伝いはやめて自宅で休養すべきよ? ここ最近毎日、通い詰めでしょう?」
俺が俯いた姿で座っているので、やはり看護婦さんに心配させてしまったみたいだ。
「いえ、大丈夫。手伝わせてください」
「そ、そう……気分が良くないようなら、いつでも帰宅していいからね」
彼女は休憩室の扉をパタリと閉め、自分の仕事に戻っていく。
休憩室の扉越しからは、看護婦さん達のバタバタとした行き来する足音が聞こえてきて、忙しさが伝わってくる。
(あれから国の発表は何もない。ゴダルセッキさんはこの状況をどう思っているんだろう。なにか対策を立てているのだろうか……)
俺の意識はそこで薄くなっていき、視界が暗闇に染まっていく。
そして十分後に、眠りについていたのだと目覚めた時に知った。
「……ん、んん~~あ、あっ? なんだ……寝ていたのか」
机にうつぶせていた身体を起こすと、白衣が肩から床にずり落ちていく。眠りについている間に誰かに掛けられていたようだ。
「……おや、起きたようだね。ホロム君」
おそらく、この人の仕業だろう。ティエル診療所の所長ティエルさん。短く刈り上げた桃色の髪に、丸いメガネを掛け、ニコやかな表情をいつも崩すことがなく、周囲に好意的な表情を見せる男性だ。
「悪いけど、ベットには空きがなくてね。もうひと眠りするのなら、そこで我慢していてくれ」
「診療所は……仕事は……?」
床に落ちた白衣を拾い、丁寧に畳んでいく俺は、窓から差し込む夕陽に気が付いた。
「患者さんの波は一応途絶えた。だから、今の内に今日の診察で分かったことを検証しておこうと思ってね……」
ティエルさんはそう言って、手に持った資料を捲り続けて、関連する項目を探しているようだった。机には、目を通し終えた資料が数冊ほど積まれていた。
「何かわかりました?」
「いや……なにも、ただ疲れているだけなのか、病の一種なのか、検査してもわからない。もしかしたら、例の多発している暴動からくる精神的な病状なのかと、調べているんだけど……どうにも衰弱が徐々に進行していく、っていう症状がなんなのかわからない。現状、対処の使用がないのが本音だよ」
「そんな、ティエルさんでも……」
「僕だけではないはずだ。なにせ数千年間、大きな病気なんて、その存在すら疑われていた。他の区域の医師たちも思い悩んでいるはずさ。一度集まって情報交換したいが、こう引っ切り無しに患者さんが来られてはそれも難しい。今は国の新たな発表があるまで耐えるしかないだろうね」
また新たな資料を棚から取り出して、ティエルさんは素早く目を通していく。
「……一体この国に今、何が起きているんでしょうか」
「ホロム君……?」
俺の思いつめた声を聞き、ティエル先生は続く言葉を耳で拾っていく。
「俺、実は十日前の時計塔の近くで起きた爆発を直接見たんです。それから聞いたこともない暗いニュースがたくさんあって……いや、どんどん大きくなって……」
「ホロム君、気負いすぎだ。大丈夫だよ、すぐに事態は収まるさ」
「そうだといいんですが……」
「爆発がトラウマになっているのかもしれない。待っていてくれ、身体の温まる君好みのハーブティーを入れるよ」
ティエルさんは手にしていた資料を置くと、休憩室に備えられていたハーブティーのセットを使い準備をしようとしていたのだが、そこで休憩室の扉が開いて、なにやら慌てた様子の看護婦さんが顔を出した。
「――ティエル先生! 急患です! すぐにこちらへ」
「わかった………………済まないホロム、用事が出来た」
ティエル先生は、畳まれた白衣に手を掛けて着込むと、急いで休憩室から出ていく。
俺も気になったので先生たちの後に続いて、急患の運ばれた診察室へと向う。
(――!? そ、そんな……)
そこで心臓に衝撃が走った。俺のよく知る人物が、ベットの上に寝かされていたからだ。
急患として連れて来られたのはフェリカだった。
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