第5話 日常④
午後の授業も滞りななく終わると放課後の訪れる。
学園の大鐘が――カランカランと下校の時間を報せてきて、教室に居たクラスメイトが次々と帰宅していく。
俺も鞄に荷物をまとめて自分の席を後にし、イルフドに挨拶をしておこうと本人の席まで向かう。
「イルフド、行ってくるよ」
「――おぉそうか、なら僕は、一人で帰らないといけないか。どうする? 明日、炭酸飲料水をまた買いに行ってもいいが……」
「いや、自分で買う機会を探してみるさ。じゃあ、また明日……」
俺は片手を軽く上げて、友達との別れの挨拶を済まし、教室から廊下へと出る。
廊下には、まだ帰宅せずに固まりを作って留まっている生徒たちが至る所で話し込んでいた。
(学園の庭園で待っているか……おそらくは雨宿り用の休憩所で待っているのだろう。あまり早く行きすぎても、向こうが庭園に来ていなければ、無駄に探し回ることになるか……ゆっくり歩いて行こう。彼女がその場所に先に着けるように……)
俺は焦らず階段を下りていくことにして、貼られた張り紙や窓からの景色に目を移したりもする。帰宅する生徒で入り乱れていたエントランスも上手く通り抜けて外へ出た。
出ると、校門までの道ではなく、庭園の奥へと続いている道を行く。
途中で、スポーツ部学生たちが準備運動をしていたり、走り込んでいたりするのが目に留まった。
目的地である花畑の中央に雨宿り用の施設があり、少女はベンチに座って待っていた。なにやら高級そうな分厚い本を読みこんでいる。
(恋占いの本か……なるほど、それでこんなに大胆な行動にフェリカは移ったわけか)
そこで彼女は俺の存在に気が付くと、急いで本をしまい込み、真っ白い髪を何度も梳かして、制服も整えて、花のように美しい姿勢で起立した。
「手紙、読んだよ」
「あ、ありがとうございます。ホロム、先輩……」
緊張しているのが一目でわかった。それでも口を引き結んで、じっと俺の言葉を待っている。
(言おう……)
「君の気持ちは受け取った、次は俺の気持ちを伝える番だ」
「はい……」
そのとき風が吹いて、さわさわと花々が音を鳴らして揺れたので、通り過ぎるのを待っていた。そして、
「俺は君とは付き合えない」
フェリカに気持ちを伝えた。すると、彼女は俯いて沈黙してしまった。
「私ではダメですか……?」
「……うん、ダメだ」
「…………どしてです」
力なき呟きが微かに聞き取れた。
「……君とは別に、恋をしている女性がいるからだ」
「えっ、だ、誰なんですか? その人は……」
「これからその人を紹介してあげるけど、どうする……ついて来るか?」
「それは、先輩には、もう彼女さんがいるということですか?」
「ついてきてくれるなら全部教えるよ……」
「……行きます。先輩の好きな人がどんな人か知っておきたいので……」
「わかった。少し遠くなるけど……時間はあるかな……?」
彼女は小さく頷いた。荷物を持って俺の後について来る。
(泣かせてしまうかと思ったけど、どうやらその心配はなさそうだ……けれど、これから失望されるだろうな。なにせ俺の恋は、叶わない夢でしかないのだから……)
二人して学園から下校する様は、周囲の生徒には恋人同士と映ってしまったらしい。
フェリカの友人らしき女子たちが、嬉しそうな顔でこちらに向かって、何かを祝福するように手を振っていた。困り顔のフェリカは首をフルフルと振って、友人たちの喜ぶ何かを否定しているようだった。
それから二人でフォレンリースの街をしばらく歩いていた。
「ごめんな。馬車を使って移動した方が早いんだが……金銭的に余裕がなくてさ」
「全然気にしなくて大丈夫です……たしか、お一人で暮らしているんでしたよね? ご自分の生活の事だけで、手いっぱいなのはわかっています。なんでしたら、私が馬車台をお支払いしましょうか?」
「いや、それは流石にかっこ悪いからいいよ」
「そんな、遠慮なさらなくても…………」
「(というか、馬車に乗ったとしたら対面する形で席に座るんだ。気まずい空気のままよりも外の空気の方がいいとも思っての事なんだが……)そんな甲斐性なしの俺が本当にいいのか……?」
問いに対して、素早くコクコクと頭を縦に振るフェリカ。
(あっ、この質問はまずかったな……今さら彼女の気持ちを確かめるなんて無粋だ)
多くの人が行きかう道を歩き続けると、目的地であるフォレンリース歴史会館へとやって来た。芸術的とも称される石造りの建築物には、今も結構な人が出入りしていた。館内へ入場するためには受付を通さなくてはいけないので、そちらへ向かう。
「(せ、先輩先輩、ひょっとして、あのおばさ、いえ、お姉さんが恋のお相手ですか?)」
受付嬢を見たフェリカが、ヒソヒソ声で聞いてきた。
「違うよ」
懐から数百枚に及ぶ紙の束を取り出して、上から二枚を切り取り線に沿って、ビリリッと破く。これはフォレンリース歴史会館へ入場するためのチケットだ。
「それ全部、ここのチケットですか?」
「ああ、子供の頃から通い詰めているんだ」
「恋されている人に会うために……?」
「それもあるけど、言ってなかったか? 父さんは歴史家だったって……」
「う~~ん、確か聞いたと思います」
「その影響で俺はよくここに来ているんだ。結構、好きなんだよな。こういう落ち着いた古さの雰囲気がさ……」
「そうだったんですか……確かにこういう場所、先輩には似合ってると思います」
そう言ってフェリカは、館内に設置された大きな骨組みの恐ろしい竜のようなものに目を向けたり、パンフレットを手に持ってパラパラと捲っていた。
俺はというと、知り合いの受付嬢に二枚のチケットを差し出した。
「あらホロム、また来たのね。相変わらずアレを見に? ……って、チケットが二枚あるのだけど?」
「ああ、あそこにいるの子の分ですよ」
受付嬢に、キョロキョロしているフェリカの存在を教えてあげた。
「ナニナニ!? あなた恋人がいたの!? 聞いてないわよ! ズルい悔しい、あたしも青春したい! 二十代後半だけど! 歴史の偉人たちを見て私はまだ若いんだって毎日慰めてるけど!」
「……恋人? 違いますよ。単なる学校の後輩です。俺にそんな気全然ないです」
「ああ、それもそうね。あなた今日も今日とて、どうせアレを見に来た変態だものね…………はい。チケット二枚承りました。ごゆっくり館内をお楽しみください」
「どうも……」
受付を済ませた俺は、フェリカを呼び掛けて館内へと一緒に入っていく。
(さて、フェリカはどういった反応をするかな。できれば、俺のような変態のことは忘れて、次なる恋を探していけるような前向きな顔になって欲しいな……)
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