第3話 日常②
フォレンリース学庭園の敷地に踏み込んで、校舎まで続いている石畳の道を歩いていく。その間、花壇の色鮮やかな花々が出迎えてくれるのだが、これは園芸部が毎日のように手入れをしている物だ。
そうして校舎に辿り着いて、中にあるエントランスに踏み込むと、多くの学生が各教室へとマイペースな足取りで向かっているのが見て取れた。
俺とイドルフは高等部2-Bクラスなので向かう教室は一緒だ。
二人で歩みを進めていたのだが、不意に俺の制服の袖が引っ張られる感覚があって足を止められた。
「は、あの、ホ、ホロム先輩……」
小声が聞こえたので振り向くと、知り合いの少女がそこにいた。どうやら彼女が俺の制服の袖を摘まんで呼び止めたようだ。
「ん? ああ、フェリカか……おはよう」
「お、おはようございます……」
その長く真っ白い髪を手で梳かした後、軽いお辞儀で挨拶を返してくれた。まるで照れを隠すように、何度も何度も手で髪を梳かしているのが気になるけど。
彼女は、俺の一つ学年下の後輩で、名札の通りフェリカという小柄な少女だ。些細なきっかけで知り合って、たまに俺が図書室で勉強を教えてあげている。
「……どうした? また勉強でわからないところがあったのか?」
「い、いえ、そうではなくて……え、ええと、その……」
ただただ俯いて、視線を彷徨わせるだけの後輩。
「(なにか、言いたそうだな……よくわからないが頑張れ……ん?)――ちょっと待て、いつもより顔が赤くないか? 熱でもあるんじゃ――」
体調でも悪いのかと思った俺は、手を彼女の額に当てみようと動かしていくと、
「あっ! 違くて、そ、その――」
――ハッと真っ赤になった顔を上げて、一歩後ろへ下がっていくフェリカ。俺は伸ばしかけた手を下ろした。
「――こ、これを受け取ってください」
フェリカが勢い任せの行動に移ると、後ろに回していた腕をこちらに差し出して、ある物を受け取ってもらう姿勢を作っていた。
(?……これは封筒……手紙か?)
その微妙にフルフルした両手で、可愛らしい桃色の封筒を差し出してきていた。とりあえず受け取ってはみたが、
(まさか、これ――)
そこで俺はある噂を思い出した。
「――ほ、放課後までには、必ず読んでおいてください」
そう言ってすぐさま踵を返し、早足で立ち去る少女。その背中が遠くになると、友人らしき女子たちが集まって固まりを作り、ヒソヒソと話でもしているのか、そのままエントランスを後にしていった。
いつの間にか俺は周囲の注目を浴びていたらしく、渡された封筒を男連中が羨ましそうに見ていた。
「ホ、ホロム君? な、なにかなそれは……」
一連のやり取りを終えると、すぐ近くで傍観していたイルフドが聞いてきた。
「多分、噂のラブ的なレターじゃないかと思う」
渡された可愛らしい封筒の表裏を確認しながら答える。
「そ、そうか、よ、良かったじゃないか……お、おめでとう、うん」
「いや、まだわからないけど…………どうしたんだ? そんなに狼狽えて……もしかしてお前、フェリカに気が合ったりして、ショックを受けているのか?」
「そうではない」
「? ――ああ、キミって女子と会話ができないくらいに色恋沙汰の話は苦手だったね」
「そ、そういう事は大人になるまで考えないようにしているんだ。だから、相談には乗れないからな……はっきり言って学生にはまだ早いとも思っている。うんうん、不純異性交友反対。反対反対」
そう固く決心するイルフドは先に教室に向かってしまった。俺も後について行きながら、受け取った手紙について考える。
(……きっと、日ごろの感謝の気持ちを口には出しずらいから、手紙に書き写しただけだろう。しっかり者のフェリカは、俺のような変人に恋をする子ではないはずだ)
という訳で受け取った手紙は、授業中にでも教師の目を盗んで読んでおくことにした。
それは本日、三度目になる授業中でのこと。
教室では数十人の生徒たちが静かに授業を受けている。俺も本来なら話を聞いて、教師の出してくる問いを考えるのだけど、この時間にフェリカからの手紙を読むことにした。ちなみに科目は文学。
教師が黒板に文字を書いている隙に、俺は渡された封筒を開封して、手紙を抜き取っていく。
なるべく音を立てないように、四つ折りになっていた手紙を開いていく。
そして、あの予感が的中してしまったのを知った。
(……マジか)
手紙に軽く目を通してみただけでも分かってしまう。これは正真正銘、乙女が一生に一度の大勝負を決めた時のお手紙だ。噂に名高いラブレターに間違いなかった。
(手紙から彼女の香りがする……字も達筆だ。嘘や冗談ではない。真剣さが伝わってくる……気軽に読んでいいモノではなさそうだな)
教科書に目を通すフリをして、ラブレターの内容の方を黙読していく。
おはようかな。こんにちはかな。
高等部一年のフェリカです。
突然、お手紙にビックリしたかもしれませんね。ごめんなさい。
けれど私は、どうしてもこの思いを伝えたくなってしまいました。
でも、自分の気持ちを口に出すことはあまり得意ではないので、お手紙で伝えることにしようと思います。
まずは、私の一方的な思いを聞いてください。
ホロム先輩。
私は、
私はあなたが好きです。好きです。大好きです。大大大好きです。
私はホロム先輩に恋をしてしまいました。
いつからなのかはもうわかりませんが、ずっと先輩のことを考えています。
これを読んでいる時も、きっと胸が張り裂けそうなくらい気になってしまっていることでしょう。
覚えておいででしょうか。私が一人、全学生共有の勉強室にて問題に行き詰っている時にお声をかけてくださったこと。
あれがきっかけで、たくさんたくさん勉強を見てくださったりしてくれましたね。
先輩の教えはとても分かりやすく、私の理解が及ぶまで、多くの時間もくださいました。
私はいつからか、先輩の優しさと素敵な人柄に惹かれるようになっていきました。
いつも理由を見つけては会いに行き、用事もないのにお話をしにいったりしていましたが、もうこそこそするのはやめにしたいです。
皆の前で堂々と、先輩の隣に寄り添って、登校も下校も校内でも昼食でも、ずっとずっと一緒にいたいです。
だから告白します。
ホロム先輩、私とお付き合いしてください。
今日の放課後、私は庭園の方で待っています。そこでお返事を聞かせてください。お願いします。
あなたを大好きなフェリカより、ホロム先輩へ。
(マジだ……)
ドストレートすぎるラブレターの内容で、身体は内側から熱くなり、顔は真っ赤になっていったことだろう。謎のドキドキまで来る。
(ここまでストレートに思いを伝える子だったんだ……何だろ、恥ずかしいと言うか、まさか、この気持ちは嬉しいのか? 俺は喜んでいるのか?)
今にも教室から飛び出したくなるような身体の疼きがあって、何とか必死に理性で押し込む。
(くぅ~~~~、うぅ~~~~、今ここで叫んで楽になりたいぃ~~)
恥ずかしさのあまり表情は歪む。ドキドキしっぱなしの心臓。立ち上がりたい衝動。
「ふぅーーーー」
と、息を吐いて自分を正常に戻すことに専念する。
(落ち着け落ち着け、しっかり受け止め、これからのことを考えろ。フェリカの告白を真剣に考えるんだ。俺は彼女と付き合うべきかどうか……焦らずゆっくり考えるんだ)
手紙を封筒に戻し、懐に忍ばせて、授業に集中しているフリをして考える。
(どうする。彼女はいい子だ。悲しませたくない、ならばこの願いを叶えてあげるべきか? いや、告白されたんだ。こちらの気持ちもちゃんと告白しないと……キミに喜んでほしいから付き合ってあげるよ、なんて答えはあり得ない)
コッコッと教師が黒板に文字を書き込む音の中で、俺は考えをまとめる。
(……俺にも気持ちはある。俺がフェリカに告白すべきことは一つだけ、そう一つだけだ。それをどうにかして知ってもらおう)
少しだけ平静を取り戻して、黒板に溜まっていた文字を筆記長に書き写す余裕が出来た。
(……やはり、俺は変人みたいだ)
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