第12話 再会2
人混みから逃れようと、脇道を選んで歩き進んで行くと派手な格好をした女性が、
いや、男性か?高いヒールでしっかりとした筋肉を浮かせながら歩いていた。
そして彼は、いや、彼女は徐に携帯を取り出し、電話をし始めた。
どこかで聞いた事があるような男声に独特な口調。もしやと思い、少し早歩きをして横に付き並び歩くと、その横顔に二の句が継げなかった。
化粧をしているが面影はばっちり残っている。
柴田君だ。
しばらく平行に同じペースで歩き続けると、柴田君ならぬ、柴子がこちらを向いた。
びっくりした柴子はすぐに足を止め、携帯を耳から外し、相手に聞かれないよう、豊満な胸に押しつけ、「びっくりした~」と、太い声で予想通りの反応を見せた。
そして、お互い小さな会釈を交わした。
「初めまして、柴子さん」
「は、初めまして。って、何よ~」
「柴子に会うのは初めてだからさ」
「ちゃんと、名前あるわよ」
「何?」
「胡桃よ」
「じゃあ、くるみ、ちゃん、初めまして」
「どうも~」
照れくさそうな顔と諦めた表情であった。
「あっ、ちょっと待って」
豊満な胸に押し付けていた携帯をまた耳に戻し、
「ちょっと、また後でかけ直すわ、ごめんなさいね、うん、は~い。じゃあ、うん、うん、は~い」
電話を切り、一呼吸すると、
「何してんのよ、ここで」
「いや、新宿で用があってさ」
「あんたも、これから化けに行くわけ?」
「え?化ける?」
「どこの店行くのよ?」
「いやいや、これから御苑に行くんだよ」
「じゃあ、お仲間じゃないっていうわけね?」
「うん、そうだね。そっち系じゃないね」
「十把ひとからげに言わないでくれる?」
「あ、ごめん、ごめん」
「っていうか、いつから?」
「まだデビューしたばかりよ」
「そうなんだ」
「奥さん、知ってるの?」
「知ってるわけないでしょ!っていうか、何言ってるの?頭大丈夫?CGが知ってたらおかしいでしょ?」
もう、CGと言ってしまっていた。
「だよね」
10000円返せと思った。
「馬鹿よね、あんな結婚式しちゃってさ。今思うと、本当にどうかしてたわ」
「そう、思うんだ。」
「あんたも思ってたでしょ?」
「まあね」
「今は、これが私だからさ」
「今はって?」
「先の事はわからないわよ~。そうでしょう?」
「ん、まあ」
「だって、私、こんな風になるなんて思わなかったもの~」
同感だ。
「じゃあ、私これからママに顔出さなきゃいけないから、又ね」
「あ、うん」
「今度、改めてご飯でも食べに行きましょ、じゃあね~」
重そうなつけまつげでウインクをすると、大袈裟に腰を振りながら小さな路地へと消えていった。
柴田君が幸せであれば、それでいい。人それぞれ、幸せの形は違うものだ。
不思議と胡桃ちゃんの方が柴田君の時よりも話し易く、何より表情が豊かであった。
いつの間にか御苑はもう目の前だったが時刻は16時半を回っていて中には入れなかった。せっかくなので脇の銀杏並木を鼻がおかしくなりながら少し散歩した。
肌寒くなってきたのは、日が沈んだからで決して寂しいわけじゃない。
そう言い聞かせながら、夜ごはんの事を考え、駅へ向かった。
駅に近づけば近づくほど、明かりが目に染みた。
その頃にはもう肌寒さはなくなっていた。
ズボンの後ろポケットに入れていた生ぬるいスイカを取り出し、残高を気にしながら改札をすり抜けた。
ぼんぼんぼぼん ぼんぼんぼぼんぼん
ぼんぼんぼぼん ぼーぼ凡人
半音上げて
ぼんぼんぼぼん ぼんぼんぼぼんぼん
ぼんぼんぼぼん ぼーぼ凡人
学園天国の替え歌である。
僕はつり革に全体重をかけ、電車の揺れと共に体が引っ張られるのを楽しんでいた。
わかってるって、ずっと前からわかってたって。わかっていた事だけど、こうやって凡人の歌を歌ってみると、悲しくなるのさ。
凡人って事を認めたくないって、すごい自意識過剰だよな。僕は何様なんだ?
凡人は凡人として凡人らしく、この凡人の歌を歌う、それでもういいじゃないか。
僕の中の2つの相対した心があーだこーだと呟いている。
大きな駅に着き、人が一気に沢山降りた。
今がチャンス!臀部から膝裏、ふくらはぎの裏が優~しく温まる。
そしてまた頭に浮かんだ。
へいへいへへい へいへへへへい
へいへいへへい へいへ平民
半音上げて
へいへいへへい へいへへへへい
へいへいへへい へいへ平民
今度は平民の歌が生まれた。
「へい」の方が「ぼん」より、こう、軽い感じがして、ポップな雰囲気になった気がする。
いいぞ、いいぞ。凡人も平民も大した違いはないけれど、平和感が平民にはないだろうか?平民は平民として幸せに生きていけばいいのだ。
「ヘイ!そこの平民!」と言われても何も感じないが、
「ヘイ!そこの凡人!」では喧嘩を売られたような気分になる。
どうやら僕の中で平民というカテゴリーがしっくりきた様だ。
いいぞ、いいぞ。この調子だ。この調子で夢から遠のき、日々の仕事に追われながら疲れ果て人生を全うしていけばいいのだ。そしていつか皺くちゃになった頃、番茶をすすりながらこう言えれば大したもんよ。
「なかなかいい人生だったなぁ」と。
如何に妥協し、自分と折り合いをつけていくか。そこがクリアできれば、あとはもう寝ぼけて生きていけばいいのだ。
駅に着くと、夜ご飯はおでんに決まっていた。おでんを食べれば体は温まり、僕の拗ねた思いは溶けていってくれるんじゃないだろうか、そう期待したからだ。
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