第10話 ランデブー
ついに待ちに待った土曜日がやってきた。
頭の中ではもう10回くらい花火大会へ行っている。準備は万端だ。
メールでは何の問題なくやり取りをしているが、対面ではどうだろうか?
果たして懇談出来るだろうか?ほんの少し気掛かりではある。
待ち合わせ場所に着くと、なんてこった。妄想していた浴衣姿のキリコさんがいた。
落ち着いた色と柄の浴衣は大人の色気を感じさせ、典雅な趣き。
正直嬉しいし、綺麗だし、テンションも上がる。けれど、言ってくれれば僕だって浴衣を着て来たのに、そしたらもっとカップルらしくなれたのにと、ややガッカリはしたけれど、いや、これは彼女なりのサプライズなのだ、わざわざ浴衣を着て来てくれたんだと、自分のエゴは一旦脇に置いといて、感謝と感激の気持ちに切り替えた。
そして、彼女が照れ臭そうに笑った瞬間、エゴはどこか遠くへ吹っ飛んでいった。
出店のかき氷なんて何年振りだろうか。
ブルーハワイで青く染まった舌を蛇メタルバンド風に出して彼女に見せると、負けずにメロンイエローで染まった黄色の舌で対抗してきた。
僕は今までこんなにおいしいかき氷を食べた事がない。
時間が経つにつれ、人の多さも増していき、混雑でなかなか前に進めない。
陣取り合戦は昼間から行われていたのだろう、既にみんなはゴザの上で宴会を始めている。
僕たちはキョロキョロと辺りを見回しながら歩き、人のいない道へ、道へと歩いていった。逸れれば逸れるほど、人は疎らになり、ようやく丁度いいスペースを見つけることが出来た。僕は密かに持ってきていたクッション性のあるゴザを引いた。
そして、ちょうど一畳程のスペースに二人、横に並んで座った。
空が暗くなり、人もそろった。
嵐の前の静けさのような雰囲気に緊張が高まると、彼女の方も緊張で、いや、恐怖だろうか?静かに固まっていた。
「大丈夫?」
「うーん」
大丈夫ではない感じだ。
「もしダメだったら、帰ろうね」
「うん」
「あ、ご飯食べに行こう。中に入っちゃえば聞こえないよ」
「ありがとう」
僕は、道で貰ったマンション広告のうちわで彼女を仰いだ。
「弱中強、どれがいい?」
「強!」
僕は腕が千切れんばかりに仰いでみせた。
「強い、強い!もう、いいよ~」
彼女の笑顔を見て安心していると、持っていたうちわをスルリと抜き取られ、やさ~しく、適度な早さで僕に仰ぎ始めた。僕はそれに甘えてしばらく心地の良い風に当たり、幸せを噛締めていた。
暗かった空がパッと光り、少し遅れて爆音が響き渡ると、待ってましたとばかりにみんなの首が一斉に上を向いた。中には発狂する者もいた。
みんなの盛り上がりとは逆に、カラス達は音に驚き一斉に花火とは逆の方向へ飛び去っていった。彼女もカラスと一緒に逃げたい気分だろうか?
「大丈夫?」
「大丈夫」
彼女は花火を見ながら答えた。
「綺麗だね」
「・・・・・・」
綺麗とは、言わなかった。
彼女の横顔は美しく、しばらく花火はそっちのけで見とれてしまった。
最後の花火は一段と盛大で、豪華絢爛。観客はその一瞬の美しさに興奮し、今年の夏に見るべきものの一つを見たぞというような、誇らしげな顔をしていた。
「儚い」
彼女がボソッと言った。ボソッと言った事をわざわざ広げる必要はないと思い、特に何も返す事はしなかった。人それぞれ、感性は違うものだし、尊重すべきだ。
僕達は人の流れを避ける為、駅とは反対方向に進み、なるべく小道を選びながら、ご飯屋さんを探した。
「何か食べたいものある?」
「んー何でもいいよ」
困った。何でもいいよ、は何でもよくないやつだと心得てる。
とは言え、ここでルワンダ料理とか言われるよりはまし。いい感じの店があればそこで決まりだ。
住んだら都ならぬ、食べたらミシュランだ。
下駄で歩かせるのも申し訳ない。どこだ、どこだ。星はどこだ~?
僕の黒い玉があちこち動き回る。
500メートル程歩くと、だらりとうなだれているイタリア国旗を発見。
ピザを嫌いな人など聞いたことがない。仮にピザが嫌いだったとしても、パスタに、ドリアに、リゾットもある。最後のおまけにラザニアまである。
よし、ここで決まりだ。僕はイタリアンレストランへ導いた。
レストランの前に着くと、中の雰囲気と外のメニューを一応確認。
「ここでいいかな?」
「うん、ピザ好き」
よし。花火大会にもかかわらず、客はまばらで直ぐに席に着くことが出来た。
花火大会だからこそ、空いているのかもしれない。みんな出店の食べ物でおなかが一杯、もしくはおなかがピーピーになってしまっているのかもしれない。
僕達は違った味のピザを二枚頼み、半分に切り分け、ハーフ&ハーフにして食べた。
何を食べるかより、誰と食べるかで僕の星の数は決まる。
もう少し一緒に居たくて、時間稼ぎでデザートを頼んだ。
ティラミスのクリームは綺麗にフォークでそぎ取られ、一見、綺麗なお皿があるみたいになった。
楽しい時間は過ぎるのが早いもので、あっという間に閉店時間になってしまった。
帰りの電車でも話は尽きなかった。彼女の家の駅に近づくと、何故かお互いよそよそしくなってしまった。改札まで送ろうとしたが彼女が「ここで」というので久しぶりに窓越しの会釈で別れた。
別れてすぐに、僕はメッセージを送った。
「今日はすごく楽しかった。ありがとう。気を付けて帰ってね」
「こちらこそありがとう。私も楽しかった。ご飯、ご馳走様でした」
夏の夜風は気持ち良く、どこまでも歩いていけそうだった。
自動販売機の明かりが、暗いアスファルトの上を淡く照らすと、ぎらぎらとした大きなゴキブリが走り抜けた。
僕は特に吃驚する事もなく、そのまま歩き続けた。心地の良い高揚感は鈍感力を与えるらしい。
家に着き、いつものお椀チェックをする為ベランダの窓を開けると、猫ハウスに初めて猫そのものがいる所を見た。
覗き込んで見て、さらに驚いた。
美人猫の隣にはもう一つ、小さな顔があったのだ。
「こ、これは」と顔を近づけ良く見ると、シャヤアーという、今まで聞いたこともない音を聞いた。ゆっくりそっと窓を閉め、今日はもう遅いし寝ましょうか、という事で取敢えず、就寝する事にした。
翌朝、猫ハウスを覗くも、二人の姿はもうなかった。
お下がりのトレーナーは見事にくっしゃくしゃになっていて、僕は親になった気分で綺麗に整え直し、お椀は2つに増やして置いた。
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