第9話 眠れぬ夜

本日は柴田君のネット中継による結婚式だ。

夜8時からだし、どこにいても参加できるのは有難い。せっかくだから、買ったジャケットを着ようと思う。正装はせめてものマナーだ。

普通の結婚式というのは大抵、来客の都合を考えて週末にするものだが、平日ど真ん中の水曜日とは。柴田君、ワイルドだぜ。

しかしネット配信ならば大した影響はない。

仕事帰りに乾杯用のビールを買った。少し高めの本当のビールだ。

一応、今日はめでたい日。時間になるまで、海外ドラマで時間を潰していると、リラックスモードにすっかりどっぷり入ってしまい、カップ焼きそばを平らげ、のども乾いて、乾杯用のビールをうっかりちゃっかり飲んでしまった。

結婚式まであと15分。近くのコンビニまで5分、余裕のよっちゃんだろう。

500ミリリットルのビールとつまみの焼き鳥、ハーゲンダッツを手にレジに並ぶと、既に3人が列に並んでいた。一人は配達手続きで店員を独占。もう一人は公共料金を払い、煙草とアメリカンドッグを注文。時間がない時に限って、時間がかかる客が来る。

やっと自分の番が回って来た頃には集合時間の5分前になっていた。焼き鳥を温めるのは辞めようか一瞬迷ったが、冷たい焼き鳥なんて惨めさしかない。

そうさ、今日はめでたい日、僕はチンを頼んだ。

会計を済まし、端で焼き鳥を待っている間、URLにアクセスしといた。

「お待たせしました、焼き鳥のお客様~」

呼ばれると同時に結婚式が始まってしまった。あったまった焼き鳥を受け取るとすぐに、イヤホンを取り出し、歩きながら結婚式に参加した。柴田君の長い挨拶が続き、出席者の紹介が始まった。準備が出来た来客者は先着順にスピーチをしていく。

これをみんなで共有するシステムだ。僕は二人目のお祝いコメントを聞きながら家に着いた。一旦携帯を机に置き、式用に買った例のジャケットを着て、パソコン画面に切り替え、挨拶の順番を待った。

「次は同級生の孝造君です」

「えー。この度は誠に・・・・・・」ありきたりのお祝いコメントを手短に済ませた。

ドタバタしていて気づくのが遅くなったが、嫁は?

いづこ?

柴田君の隣には誰もいない。なぜかCGの女の子が白いドレスを着て飛び跳ねているのだが。

まさか?

「焼き鳥とアイスは別々に袋に入れますか?」

「お箸はお使いですか?」

歯がゆい質問を聞いていて、肝心の登場シーンを見ていなかったのかもしれない。柴田君の幼少期からのアルバムを淡々と見せられ、両親への感謝の手紙を聞いた後、やっと乾杯の流れに辿り着いた。式のシステムは変わっても、やるこたぁ変わらないのね。

「それではみなさん、飲み物をご用意下さい。」

退屈なアルバムタイムにとっくにビールは空けられていた。

今更ながらの乾杯とすっきりしない気持ちに悪酔いしそうだ。

「乾杯!」

柴田君はCGの女の子と、いや、新妻と乾杯をしていた。手元にある操作で女の子が柴田君に話しかけたり、リアクションをとったり、ほっぺにキスしたりと次から次へと茶番を見せられる。予定ではあと20分程で終わる。僕はスマホ片手に式の終わりを待った。

ったく。CGの嫁なんてありか?イラつきと同時にひそかな安堵感もあった。もし人間の嫁が現れていたら、それはそれで気に障っていたかもしれない。これはこれで良しとしよう、そう思った。柴田君が考えたことだ。彼が本当に幸せだと言うならば・・・・・・。

病院行きだ。

いつの間にかエンディング曲の「なごり雪」が流れた。真夏の結婚式で何故?

異様にカッコイイエンディングテロップも流れ始めた。そして完全に式が終わるやいなや引き出物がメールで送られてきた。クリックすると、アマゾンポイントか楽天ポイントを選べるシステムで5000ポイントの贈呈だった。祝儀は10000の仮想通貨で引き出物が5000円相当のポイント。5000円出してあの中継を見たという事になる。

たっか。

ネット映像配信の月額より高いやん。

しかも嫁がCG。なんだ?これは新手の詐欺か?詐欺なのか?

おっきなしこりが残ってはいるが、明日の仕事の為に寝ることにした。

布団に入り、目を瞑るも、そのしこりがじわじわと邪魔をする。

寝る前は悩んだり、考え事はいけないと聞いた事がある。ここはひとつ、楽しいことを考えよう。

そうだよ、花火大会だよ。

出店のかき氷を買って、花火を見て、食事して。あれ?花火の前に食事がいいか?

まぁいい、ケースバイケースだ。

手を繋ぐチャンスがあれば、手を繋ごう。いや、チャンスは自分から作って行こう。

僕は今まで好きではない人と付き合ってきた。こんな事を言うのは元カノ達には失礼なのだけど、実際そうなのだ。自分に自信がなくて、好いてくれそうな人だけを相手にしてきた。もしくは、告白されたら自分の好みなど無視して誰とでも付き合っていた。

素敵な人が僕と真面に付き合ってくれるわけないと、はなっから諦めていた。

しかしだ。牛丼屋からの運命的な出会いから始まって、窓越しの会釈、そして順調なラインでの会話。からの、花火大会。

初めて心から誰かにときめき、彼女になって欲しいと思った。

興奮したせいで眠気はなくなってしまったが、しこりはもうすっかり忘れることが出来ていた。


いつもの日課である、お椀チェック。最近は残さず食べている。

朝、ご飯を入れて、帰ると空だから夜にまた入れて置く。すると、朝また空になっている。一日2回完食。

猫ハウスのトレーナーには抜毛があり、どうやらここで寝たみたいだ。

僕はすっかり痕跡フェチになった。

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