第6話 再会

今日の昼ごはんは少なかった。だから今、猛烈におなかが空いている。

何故少なかったかというと、コンビニの発注ミスなのか、団体客でも押し寄せたのかはわからないが、おにぎりも、サンドイッチも総菜もほとんどが棚から消えていたのだ。仕方なく、コンビニ内をウロウロ物色するがそそられるものが一切ない

。困った時の救世主、カップヌードルを手に取り、列に並んだ。

休憩時間はあっという間に削られ、慌てた僕はラーメンを三分で平らげた。

そのせいで舌の先には軽い火傷をし、地味に痛い。

というわけで、すぐには電車に乗らず、駅前のお気に入りチェーン店の牛丼屋へ寄った。ここに来るのは二度目。いつも通り大盛り牛丼を注文。

店内はそんなに混んでいなかったが、お茶を啜りながら待つ、持ち帰り客で賑やかであった。

牛丼を待っていると、目の先に見覚えのある女性が紅ショウガを何度も追加して、ふうふうしながら丼ぶりに食らいついていた。前にここで会った長縄の女性だ。運ばれてきた牛丼に僕も負けじと、がっつり食らいつきたいが、熱くて箸が進まない。

そうか、紅ショウガか。僕は満遍無く敷き詰めて赤い牛丼を拵えた。

なるほど、紅ショウガが牛丼を冷ましてくれるってわけやの。

器が綺麗に白くなり席を立つと、先にいた彼女もちょうど食べ終わり、またもや同じタイミングで店を出る事となった。

彼女は僕の顔を見て一瞬止まると、直ぐに笑顔になり会釈した。

「覚えてますか、私の事?」

「も、もちろんです。ぎゅう、牛丼好きなんですね」

「あ、いえ」

 少し、気まずそうに笑った。

「あの」

小さな声であった。

「はい」

少し間が空き、

「実は、また会えるかなと思って来ました」

「え、僕に?」

「はい」

にっこり笑った顔にピンときた。確かではないが、面影が似ている。

「え、でもなんで?」

「もしかしたら気づいていないかもしれませんが、窓からあなたを見ていました」

やっぱりだ。

「あの、マンションの?」

驚きを隠し、あくまでも冷静に対処。とはいかず、やたらと髪に触れたり、鼻を摘まんでしまう。

「偶然窓からあなたが見えて」

戸惑う僕を見て、慌てて取って付けた様に、

「私、目がいいんですよ、2.5もあって」

「す、すごいですね」

「親譲りでして」

「親御さんは、アフリカの方?」

「違いますよ~」

「そうですよね~はははは」

バカなことを言ってしまった。

「前に会釈をしたら返してくれたので、てっきり私の事、気づいてくれているのかと思ってました」

「あ~。すみません。気付いてはいませんでした」

 長縄の方と微笑みの方がまさか同一人物だとは考え付きもしなかった。

微妙な空気だ。

「いえ、いいんです」

彼女は若干がっかりした様子で笑った。

間が怖くてすかさず、

「これからお帰りですか?」

「はい」

彼女は意外と明るく答えた。

「同じ電車、かな?」

「そうですね」

窓越しの関係が、今や同じ電車に乗り、隣にいるとは。なんとも不思議な感覚になった。車内では特に話す事もなく、あっという間に彼女の駅に着いてしまった。

「じゃあ、ここで失礼します」と言い捨てると、あっけなく降りて行ってしまった。

僕はハッとして扉が閉まるギリギリのところで車両から降りた。彼女の後を小走りで追いかけ、肩に手をかけた。

「えっ?」

「すいません、連絡先、連絡先、教えてもらってもいいですか?」

勇気というより、何も考えていなかった。いや、今聞かなきゃ、後悔すると思ったのかもしれない。思考より先に体が反応したのだ。

「なんでですか?」

頭を打ち割られたような気分になった。

「あっ、すみません、嫌ならいいです、すみません」

痒くもない頭を何度も掻いた。

「冗談ですよ」

彼女は僕をからかって笑っていた。

愁眉を開く思いであった。

「いつ聞いてくれるんだろうって思っていました」

「今です」

「そうみたいですね」

人の流れから少しずれた所へ彼女を誘導すると、

「ラインしてますか?」

彼女はポケットからスマホを取り出した。

「これから始めます」

「あっ、やってないならメールでもいいですよ」

「いえ、いい機会なので」

「無理しなくていいですよ」

「いえ、前からやりたいと思っていたんですけどね、始めるきっかけを逃しちゃって」

「えっと、じゃあまずはラインのアプリをインストールして」

「あ、はい」

彼女から手取り足取り教えてもらっていると、ホームには二人しか残っていなかった。使えるようになったのを確認すると、彼女は親指を立てた白い変な生き物を送ってきた。僕は改札口まで送ると、彼女はにっこり笑い、いつもの会釈をしてくれた。

離れて見るあの会釈は、やっぱりあの会釈であった。

 たおやかな姿態は心にしっかり記憶保存された。


翌朝、早速彼女から「おはようございます」のラインが届いた。

アイコンの名前はキリコ。キリコっていう名前だったのか。

この時、初めて自己紹介をしていなかった事に気がついた。

確かに名前通りきりっとした美人さんだ。

「おはようございます」と返すと一瞬で既読になった。

今という今、彼女と繋がれている感覚に舞い上がった。

なんて素晴らしい機能なんだ。

こんな事ならば、もっと早くから始めていればよかった。韓国の会社だからとか、流出するからとか面倒くさい事など言ってないで、世間の流れに素直に乗っていればよかった。

僕の天の邪鬼精神は昔からいつだって厄介だった。

これは僕にとっては小さな一歩。

一つ薄い殻を破り捨てた気がした。

あれ、なんだ?この安堵感。

早く羽を伸ばせるようになりたいぞ!


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