ちゃんちゃららん、ちゃんちゃらら〜♪

 なんともキュートなチビキョンシー、略してチビキョンン。こいつが現れると、決まって間抜けなBGMが流れるのであった……。



「パパー!」



 ん?



 俺としたことが、一瞬目を閉じた隙に寝ていたようだ。でもたいして時間が経っていないはずだ。

 それよりも、今なんか聞こえたよな。



――ぴょこ、ぴょこ。


「パパア、オウチに帰ってごはん食べよー」


 なんだって?

 俺は即座に椅子から立ち上がり、声のする方を見た。



 あれ、誰もいない。



 待て、待て待て、兄さんがいない!


 さっきまで棺に納められていた兄さんの遺体が消えている。次の瞬間、後ろに気配がしたと思って振り返ると、危ないっ!


「兄さん、やめろっ」


 額のお札が剥がされており、兄さんはキョンシーとして覚醒してしまった。両手をまっすぐ前に伸ばし、その鋭い爪が俺の眼球のすぐ近くにある。


「なんで?」


 身を翻し、兄さんの攻撃をかわすと、得意のカンフーで対峙した。


「パパア、こっちこっち」


 その声とともに姿を現したのは、チビキョンだった。こいつは、自分の父親を探して亡くなった子どもで、いまではいたずらに埋葬前のキョンシーのお札を剥がしては騒動を起こし道士たちを困らせると、巷では有名のキョンシーだ。


「チビキョン、お前か! これは俺の兄さんだ。お前の親父じゃない。どっかへ行っちまえ、ぉおっと」


 相手は俺だ、と言わんばかりに兄さんの攻撃を食らう。ただでさえ怪力のキョンシーなのに、生前も腕のたつ武術の使い手だった兄さんに、寝不足の俺は敵うはずがない。

 こうなったら……。



――ボーーーーン!



 近くにあった銅鑼ドラを目一杯叩いて鳴らした。



「なんじゃなんじゃ、どうした?」

「ジン! 危なーい」

「ジン!」

「チビキョンもいるゾ」


 ワンおじいさん、ユーユーさん、ズールイ、それにラオまで。

 ワンおじいさんは俺が兄さんと攻防を繰り広げる様子から、事態を察したようだった。すぐさま応戦する。

 なんと、チビキョンは兄さんだけではなく、道場で預かっている数体の遺体の棺を開け、お札を剥がしてしまっていた。

 さっきまであんなに静かだった場内は、あっという間に修羅場と化していた。

 ラオ、ズールイ、もちろんユーユーさんも含めて、カンフーの使い手だ。もちろん、不死身な上、怪力と瞬発力を持ち合わせるキョンシーに素手で勝つことなんてできないが、ワンおじいさんが作ったお札や法術を用いてキョンシーの力を抑え込むことは可能だ。

 最も避けなければならない事態は、野放しになったキョンシーが村に逃げ、村人を襲うことだった。それを防ぐためにはいち早く封印のお札を貼ることだ。


 ズールイが大量のお札を両手に鷲掴みにし、こっちへ突進してくる。


「ズールイ、ズボン、ズボン!」

「いやん」

「ああっ」

 事もあろうに、解けたままの腰紐と一緒に下半身が露になった。銅鑼が鳴ったとき用を足している最中だったらしい。ズールイはタプタプのお腹を揺らしながら慌ててズボンを履き直した。

 緊張感のないやつだ。

「よこせ!」

 ラオがお札をぶんどり、次々に迫り来るキョンシーにお札を貼っていく。ワンおじいさんもそれに応じながら一瞬でほぼ全てのキョンシーは封じられ直立している。


「あれええ、パパー」


 チビキョンがちょこんと立っている。俺は、チビキョンを捕えようと駆け出したが、やつは瞬間移動を使い、その場から消えてしまった。



「ワンおじいさん、すみません。俺がいながら……」

「うむ、起きたことは仕方ない」



「イオは? イオのキョンシーがいないぞ!」

 ラオが叫んだ。

「なんだって?」

 棒立ちになっているキョンシー達を一体一体確認していくが、やはり兄さんキョンシーだけいない。


「もしかして外に出てしまったのでしょうか」

「そうかもしれん、結界が破られておる……」




 大変なことになってしまった。

 兄さんキョンシーが凶暴化して村人を襲う前に、なんとかしなくてはならない!



 こうして、俺たちの長い夜が幕を開ける――。







〜〜〜〜〜〜〜〜


?? チビキョンとは ??


 子どものキョンシー。乱世の時代、父親と旅の途中で山賊に襲われて亡くなった。はぐれて死に別れた父への思いが強すぎて成仏できずキョンシーとなってしまった。自分が死んだことをはっきりとわかっていないことが強みとなり、他のキョンシーにはない特殊能力を備えている。父親の面影を探して、各地に出没し、キョンシー隊のお札を剥がしてはキョンシーを連れていってしまう。

 通常のキョンシーとは違い、昼でも活動でき、「遊ぼう〜」と人間の子どもに近づいてくることもある。悪気はないが、騒動の種となるため、道士たちに煙たがれている。






 

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