秘密の夜、そして忍び寄る何か

 トン道士によってキョンシーにされた兄さんの顔は青白く、無表情だった。


「兄さん、仕事大変だった?」


「俺はこっちでなんとかやっていたよ。今はワンおじいさんの一番弟子なんだから」


「やり残したことだってきっとあったよな……」


 何度、声を掛けたって兄さんから返事は返ってこないことはわかっている。けれど、久々に兄弟だけの時間だった。俺はよるべないつぶやきをぽつりぽつりと一人で呟いていた。

 明日になれば、ワンおじいさんが祭壇をつくってお経を上げてくれる。そうすればもう苦しいことも辛いことも何もない。俺は寂しいけど、兄さんが安らかに眠れるようワンおじいさんを手伝うからな。


 しばらく経って俺は用を足したくなって道場を出た。そして帰ってくると誰かが兄さんの棺の前にぼーっと立っている。


 ……誰だ……長い手足。ロウソクの炎に照らされて、露出した肌が青白く光って見える。


 ラオか?



 部屋の入り口あたりで声を掛けようとした俺を、ラオとは別の何者かに制止される。

「ユーユーさん?」

 ユーユーさんは、俺の袖をくいっと引っぱり首を振る。

「しばらく二人きりにさせてあげようよ」

「え……」

 ユーユーさんの顔は真剣だった。俺は言われた通り陰に潜んでユーユーさんを見た。

「ラオの気持ちを、知っているでしょ?」

「ラオの気持ち……」

「そう」

 俺はそう言われてもピンと来なかったが、次のラオの行動を目の当たりにして全てを理解した。



 ラオは、一言もしゃべらない。その代わり、その白い指で兄さんの額にかかる前髪にそっと触れ、お札の隙間から兄さんの唇に接吻した。

 それはほんの一瞬だった。それから少し離れて頭を抱えるようにうずくまる。その姿は普段の生意気なツリ目野郎とは違って、弱々しく見える。



「誰にも言わないでおこうね」

「……うん、そうだね」


 俺とユーユーさんは、ラオがその場から離れるのを確認するまで道場の外で時間を潰していた。

 ラオが兄さんを慕っていたことは知っていたが、まさか男色の気があるなんて驚きだった。でも俺はだからと言ってラオをからかう気なんて更々ない。

 それよりも、俺は目の前のこの人の心情が気になる。

「ユーユーさんは、ラオのことが好きなんだって思ってたけど、」

「な、なによ、いきなり」

「いきなりじゃないよ、ずっとそうだと思ってた」

「ううぅ〜〜……そんな、優しい笑い方、しないでよ。もう」

「そんな笑い方、してる?」

「ジンは強かだわ」

「そうかな」

「そうよ」


 俺らはラオのいなくなった道場に戻り、お互いに声を抑えながら話は続く。

 ユーユーさんのこの動揺っぷりを見たら一目瞭然だ。そうじゃなくても、俺はずっと前から彼女を目で追っているんだから、その視線が誰を追っているかなんてとっくの昔に気付いていたさ。それにしても……それにしてもだ!

「それにしても、ラオめ、意思のない兄さんに勝手なことをするなよなーー」

 それな。

 あいつめ、相手の寝込みを襲うような卑怯な真似しやがって。いつも俺のことを下に見て鼻で笑うようなやつだったから、俺はやつの弱みを握ったような気分に、申し訳ないけど少し、なった。



「明日に備えて少しだけ寝たら? その間は私が番を変わるから」

「いや、大丈夫だよ。兄さんの葬儀が終わったらたっぷり眠るよ」

「そう?」

「うん、おやすみ」

「……おやすみ」


 ユーユーさんの申し出を断った俺は、後になってこのことを後悔する……。












――ピョン、ピョン、ピョン。


「パパア!」


――ピョン、ピョン……。













〜〜〜〜〜〜〜〜〜


?? キョンシーの超能力とは ??


 キョンシーは鋭く伸びた爪や牙から人間の血や精気を吸い取り、自身のエネルギーにする能力がある。

 キョンシーは、必要に人を襲ったりはしないが、放っておくと徐々に凶暴性が増してくると言われている。

 また、死体のため全身は硬直が進み、体を棒のように一直線に伸ばしたままの姿勢をとる。

 人間のエネルギーを蓄えて凶暴化したキョンシーは様々な超能力を身に付け、念力で動物や人間を操ったり、飛んだり透明になることもできる。


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