キョンシーを出迎える

 俺は、戦災孤児で両親がいない。そんな俺と五つ上の兄を引き取り、育ててくれたのがワンおじいさんだった。

 ワンおじいさんは、俺より二つ下の孫娘ユーユーさんと一緒に道場を営む村きっての有力道士だ。俺はユーユーさん、それから俺みたいな孤児で弟分ズールイ、同い年のラオとともに道士見習いとして、ワンおじいさんに法術と武術を教えてもらっている身なんだ。


 それにしても、今夜は生温い不快な風が吹いている。


 出稼ぎ先で不慮の死を遂げた遺体は皆、働き盛りの男達だ。この人たちを故郷で弔うために、法術を身に付けた道士たちが彼等をキョンシーに変え、夜な夜なこの道場へやって来る。この村出身のキョンシーはここでそのまま埋葬されるし、それ以外のキョンシー達は、道士が旅の疲れを癒した後にまた故郷へ向けて出発するんだ。

 道場は、キョンシー隊の借宿みたいなもの。



 キョンシー隊を率いるトン道士の行進が、小さく聞こえてきた。

 出迎えの支度を澄ませた俺たち見習いは、道場の門を開け、宵闇に目を凝らし見守る。


――トン、トン、トン。


――ちりん、ちりん。


「……キョンシー様のお通りだあああ」


――トン、トン、トン。


「人間どもは道を開けろおおお」


 先頭を歩くトン道士は、肩下げから鷲掴んだ無数のお札をばら撒きながら一歩、また一歩とキョンシー達を先導する。このトン道士から、出稼ぎ先で亡くなった兄の遺体を連れていくと手紙があったのは一昨日のことだった。


 兄さん。ワンおじいさんに引き取られるまで、まだ幼かった俺をなんとか食わせてやろうと、ときには盗みだってして俺を守ってくれた兄さん。その兄さんが、自分の幸せを掴む前に、遠く離れた見知らぬ地で命を落とすなんて――。

 そして俺は今夜、そんな大切な兄をキョンシーとして出迎え、埋葬のための儀式をワンおじいさんとともに行うんだ。



「とまれーーーーー!」

 トン道士の一声に、キョンシー隊は行進をやめ、大人しくなった。

「ワン道士、お達者で何より」

「トン道士こそ、長旅ご苦労」

「うむ、では遺体の引き受けをよろしく頼む。今回は一体だ、私は先を急ぐのでこれで失礼するよ」

「ああ、そうか? ここで少し養生して行けば良いものを……」

「いやいや、そういうわけにもいかん。立て込んでいるんだよ」

 そう言うと、手に持った鈴の音色を兄さんキョンシーの周りで鳴らすと、

「さあ、行け」

 と命令した。兄さんキョンシーは、トン、トン、と列からはみ出し、こちらの方へ進み出した。本当に、あの兄さんなんだろうか、確認したくてもその表情は額に貼られたお札のせいで見えない。

 兄さんキョンシーは、無言でワンおじいさんの目の前に立ち、再び動きを止めた。

「おおい、ジン、確認しろ!」

「はい!」

 ワンおじいさんに促され、俺は兄さんキョンシーの近くまで出てきた。そして、お札を剥がれないようゆっくりと上げてその顔を見た。

「……兄さんです」


「イオ!!」

 そう叫んだのは、ラオだった。彼は、兄さんを誰よりも慕っていたんだ。ズールイもユーユーさんも、皆、兄が大好きだった。そんな兄のキョンシー姿なんて見たくなかった。

 俺たちは、兄の遺体を棺のある部屋へと誘い、そこからはワンおじいさんが呪術を施し埋葬の儀式まで、いったん棺へと収める手筈だ。


「ジン、辛いだろうけど、明日はイオ兄さんのために頑張ろうね」

 ユーユーさんが俺の背中に手を当て声を掛けてくれる。そのときの彼女の触れ方は優しかった。寝起きからアホな俺を冷ややかに見ていた彼女とは違う――彼女はまだ十四歳なのに母性が強いんだ。母親のいない俺は、本当に恥ずかしいんだが、今まで何度も彼女の母性愛に救われてきた。彼女にとっては無意識のことだったが、俺もズールイもそういう意味で彼女を特別視しているんだ。

 見た目はとても可愛いんだけど、簡単に可愛いとか好きだとか口にしちゃいけないような……もちろん、ワンおじいさんの大事な孫娘なんだし、手なんか絶対に出せないけれどさ、俺は俺自身のため、皆のためにどんなことがあってもユーユーさんだけは守っていくと心に誓っている。


 今夜は、兄さんの棺の前で少しだけ時間を過ごさせてもらうことをワンおじいさんから許してもらい、俺は一人で棺の番をすることになった。

 






〜〜〜〜〜〜〜〜


?? 道士とは ??

 悪霊、怨霊、妖怪から人々を守るため、修行をつんだ勇士。精神的、肉体的、法力的に優れた才能に恵まれた者のみが、その資格を持つ。

 また、道士は呪術以外にも、怪力のキョンシーに立ち向かうためカンフーなどの武術を身に付けなくてはならない。



?? 道士からの手紙はどうやって届くの ??

 道士同士のやりとりには、文書や伝書鳩などの方法ではなく、特殊な方法が用いられる。

 砂の上に文書を知るし、送る相手のことを思って念じると、相手側の祭壇下に設置されている専用の砂の上にも白煙とともに文章が浮かび上がる。一種のテレパシーのような法術。



?? お札の意味は ??

 中国では、魂の出入りは額であると考えられており、術を施した専用の札をキョンシーの額に貼ることでキョンシーを制することができる。札は書かれる呪文によって様々な種類だあり、行動を制する以外に、魔除け、厄除け、攻撃などにも用いされる。

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