第36話 1月6日
彼女を公園に一人置いてきたことに罪悪感を感じる。もしあの場で彼女に慰めるような言葉やそういった行為を行えば、より彼女を傷つけることになる。だからこれでいいんだ、と自分に言い聞かせる。
彼女はどんな顔をしてこの空を見上げていたんだろう?星の見えない空を仰ぎながら、静かな道をただ歩いた。
「ただいま」
鍵のかかっていない玄関を開ける。廊下には電気が点いていないが、リビングから射す光で十分見える。
靴を脱ぎ、リビングに向かう。
「おかえりなさい」
リビングに顔を出すと村上さんがテーブルに座って待っていた。目に前には今日の夕食が並んでいる。ソファの横にはいまだにスーツケースが置かれている。
村上さんの顔を見て、俺は立ち止まった。何も言わず、立ち尽くす。
「どうかしました?」
そんな俺を見て、彼女は首を傾げる。
「・・・村上さん、話があるんだ。少し長くなるけどいい?」
温かくなっている部屋の空気を吸って、吐く。それから少し間を開けて彼女に告げる。
彼女は何かを察したかのように顔色を変えた。いつもの穏やかな表情はどこにもない。
「わかりました。でもその前にお風呂入っちゃってください。お風呂ぬるくなりますから」
「・・・そうする」
俺は彼女の提案に乗ることにした。急に話と言われてもいろんな準備ができていないだろう。俺もできていない。何から話そう、帰ってきながら考えたけどまだまとまっていない。
だからお互いに少し時間が必要だと思った。考えるにも、心に準備をするにも・・・。
風呂から上がると彼女は帰って来た時と同じ場所にいた。たぶんあれから動いていないのだろう。
まっすぐ正面を見つめる彼女の前にゆっくりと腰を下ろす。いつもならすぐに胡坐をかくのだが、今日は正座をした。
「それじゃあ、いい?」
「はい」
お互い真剣な表情を作り向かい合う。
風呂の中で何度も考えた。俺たちの未来のこと。明日、明後日、一週間、一か月、一年・・・。どれほど長く続くかわからない。一年後、もしかしたら明日終わってしまうかもしれない。
それでもこれから先のことを話すには、俺の気持ちを伝えないといけないと思った。
「俺は・・・村上さんのことが好きだ」
間を開け、最後の方を強く言い放つ。そこが一番伝えたいことだから。
「いきなり告白、なんですね」
首を少し傾けながら彼女は頬を赤らめ優しく笑った。そんな彼女を見ていると俺まで恥ずかしくなる。つられて口角が自然と上がると同時に顔が熱を持つのがわかる。
「今朝、村上さんの親の前で言ったけど、直接村上さんに自分の気持ち伝えてないから」
そこまで言って、俺はも一度息を吸う。
「好きです、俺と付き合ってください」
吸った息を吐きながら顔を見て伝える。
彼女はそれを聞いてより一層笑顔になる。その笑顔はこれまで見てきたどの笑顔よりも輝いていた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
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