第35話 1月6日
日野さんと共に公園に入ると、彼女は電灯で照らされたブランコにまっすぐ向かって行く。園内にベンチがないわけではない。ベンチでよくない?とは思いつつ、何も言わず、ただ彼女の後ろを付いて行く。
彼女がブランコに座ると、俺もその横に座る。ブランコは俺が座ると同時に鎖がこすれて音が鳴った。その音が鳴り止むと静寂が訪れる。誰もいない公園、鳥の声も人の声もしない。時間の問題なのか、車すら今は横切らない。
顔を前に向けたまま目だけで隣の彼女を捉える。彼女は何も言わずブランコのチェーンを握り、ただ俯いていた。
しかしすぐに顔を上げ、地面に足をつけたままブランコを前後に揺らし始める。数回それを繰り返すと、ようやく彼女は口を開いた。
「秋原さん、私と初めて会った時のこと覚えてますか?」
ふいに彼女は質問を投げかけて来る。
「確かルミナスの裏玄関だったよね」
確認するように答える。しかし彼女は首を左右に振った。
「違います、それよりもっと前です」
「もっと前?」
オウム返しをしながら自分の覚えている記憶を蘇られる。
俺がこの町に住むようになってから約2年、日野さんと会ったとしたらその間しかないと思う。悠人や拓海、美智子さんやほかにみんなとの記憶は出て来ても、彼女との思い出に心当たりがない。
「・・・高花祭です。私が初めて秋原さんと会ったのは」
眉間にしわをよせ、首を傾げていると彼女がそう答えた。
その答えに納得がいった。たった一回しか行っていない文化祭で会った人を覚えているのはそうそうない。そのときに何か大きな出来事でもあれば話は別だが。
高花祭で覚えていることと言えば、悠人と拓海と一緒に回った店と拓海の目的の鈴木さん、それと頭からドリンクを被ったことぐらい。
そこまで思い出しても、やはり彼女と会った記憶は出てこない。
「日野さんの記憶に残るような出来事があった?」
彼女にヒントをもらっても思い出せず、彼女に答えを求めることにした。
「それもそうですよね。あの時とは違いますから」
彼女はブランコを揺らすのをやめた。
「あの日、秋原さんにジュースをかけたのは私です」
「・・・え!?」
衝撃の告白にどう反応していいのかわからなくなった。
「やっぱりそういう反応になりますよね」
彼女は視線を電灯の明かりが届かない暗闇に向ける。
「私も最初あの日の人が秋原さんとは思いませんでした。どこか似ているな、ぐらいでしたから」
「どうして俺だって確信したの?」
「・・・お昼終わりに先に店内に戻った秋原さんが瀬戸さんと文化祭のことを話しているのを聞いて、あの時の人なんだって。あの時は本当にごめんなさい」
彼女は座ったまま深々と頭を下げた。
「気にしてないから、顔を上げて。お詫びのカップケーキ貰っちゃったし」
彼女は従うように頭を上げた。
「それでもどうしてもちゃんと謝りたいなってずっと思っていましたから」
彼女はスッキリしたような表情を見せた。2人だけになる機会はいくらでもあったが、こういった話をするような雰囲気ではなかったでも彼女も言い出しずらかったのかもしれない。
「俺もなんかスッキリした」
公園の入り口で見せた彼女の雰囲気からどんな話が来るんだろうと思っていたので、大した話じゃないことに安心した。
もちろんなんで俺がそう言ったのか彼女がわかるはずがなく、横で首を傾げていた。
「そろそろここを出ようか、もうすぐ10時になるし」
公園に立っている時計を見ながら言うと、彼女が急にブランコから降りて俺の前に立った。
「もう一つお話が・・・」
さっきまでの表情とは打って変わって、真剣な表情を見せる彼女。俺が立ち上がろうとしてやめた。本題はこれからなのではないか、そんな感じがしたから。
彼女は目の前に立ったまま何かを言おうとしてはやめてを繰り返す。それを何度か繰り返して、彼女はようやく声を発した。
「わ、私、秋原さんのことが好きです」
声を裏返しながら告げた彼女の告白がとても真剣なものであることは、赤く染まった顔や鞄を強く握った震える手、じっと俺を捉える視線からでも十分伝わって来る。
「もしよかったら私を付き合ってください」
彼女は言葉を言い切ると俺の反応を待つように黙り込んだ。視線だけは動かさず、ただじっと俺の目を見つめて来る。
彼女からの告白はとてもうれしい。もしこの告白が昨日やそれより前だったら、俺の答えは変わっていたと思う。自分の気持ちに気付かず、うれしさのあまり彼女の告白を受け入れていただろう。一般的な高校生の恋愛をしていただろう。
・・・だけど今は違う。自分の気持ちを知ってしまったから。自分がどうしたいか決ってしまったから。
俺は覚悟を決めるために鼻で息を吸って、吐いた。そしてゆっくりと口を開く。
「ごめん、日野さんとは付き合えない」
まっすぐ彼女を見つけながら告げる。負い目はある。今すぐにでも目を逸らしたい。だけどそれでは真剣に告白をしてくれた彼女に申し訳ないから。
答えを告げると彼女は視線を落とした。前髪が垂れ、目元が隠れる。
「理由、聞いてもいいですか」
「・・・好きな人ができた、から」
「・・・そう、ですか」
彼女はゆっくりと顔を上げると笑顔を作って見せた。
「なんだか悔しいな」
彼女の顔には一切の悔しそうな表情は窺えない。何かをこらえているようで、今にもそれが決壊してしまいそうで、それでも笑って誤魔化しているようにしか見えない。
こうなることは覚悟していた。していたはずなのに・・・。胸がギュッと締め付けられるような感覚が苦しい。今だけ鈍感になりたいと心から思う。
彼女はくるっと半回転して俺に背中を見せると、星の見えない空を見上げた。
「秋原さん、私はここまででいいです。今日までありがとうございました」
「・・・日野さん、またいつか・・・元気でね」
言おうとした言葉を途中でやめ、当たり障りのない言葉を告げる。ブランコから立ち上がり、彼女を置いて入り口の方に向かう。
「秋原さんもお元気で」
彼女は俺が園内を出てもその場から動く様子はなかった。
「・・・秋原さん、行ったかな?」
そう口にする自分の声が涙声になっていることに気付く。もしかしたら彼に別れを告げるときもこの声だったかもしれない。
彼の歩いて行った方を確認せず、私はその場に足を抱えた。目から流れる涙はどんなに袖で拭いても拭きとれる気がしない。
初めての恋は叶わないって言うけど本当にそうだと思う。
告白にドキドキして、緊張して・・・振られたらこんなに胸が痛いんだって初めて知った。好きな人が遠くに行くってこんなにも寂しんだって、告白なんてしないで今まで通りの友達でいれば、これから先も近くにいられたのにって後悔した。
最初からうまくいく人なんてそうそういないだろう。私もそうだから。
だからみんな最初の恋を反省して、次の恋をした時に活かしていくのだろう。だから私もそうしないといけない、次に好きになった人に私を好きになってほしいから。
だけどそれまでは・・・私は彼のことを忘れられる気がしないな。
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