第23話 1月3日

 2日、3日と家から出ることなく1日が過ぎて行った。


 入浴後も部屋に篭って課題を終わられていると、閉めていた扉がノックされた。


「はい」


「秋原さん、夕食が出来ましたがどうされますか?」


「あ〜・・・食べようかな」


「わかりました」


 部屋の向こうから彼女の足音が遠のいて行く。俺はシャーペンを課題のページに挟み、部屋を出た。



 部屋の扉を開けると、パジャマ姿の彼女がせかせかと食器を運んでいた。


「手伝う」


 そう言ってキッチンに向かう。今日は焼き鮭に味噌汁、白ごはんにキャベツの千切り、肉じゃがと、とても家庭的なメニューだった。


 俺は大皿に乗った肉じゃがと焼き鮭が乗った一皿を持ってテーブルに向かう。


 テーブルにはすでにいくつかの皿が運ばれており、俺が運んだのがほぼ最後の皿だった。


 キッチンに残っていたもう一つの焼き鮭の皿を彼女が持って来たことで、今日の全献立がテーブルに並べられた。


 俺たちはいつも通りの場所に座る。最近はテレビをつけて食事をするようになり、彼女との会話もより増えた。


 クイズ番組で一緒に答えを言い合ったり、有名な芸人の芸を見て笑ったり。


 ずっと前から一緒にいたのではないか?そう思えるぐらい、彼女と居る日々が当たり前になっていた。



 食事を終え、2人でソファに座ってテレビを見ていると、テーブルに置いていた彼女のスマホが鳴りだした。


 彼女は画面を見ると、スマホを手に立ち上がった。


「電話してきます」


 一言告げると歩いて玄関に向かった。


 電話といえば、最近彼女の父親から電話が来ていない気がする。年末も終わり、新年に入って3日目が終わろうとしている。あれほどしつこく電話をして来ていた相手がどうしてやめたのか、俺にはよくわからない。


 けれど、彼女の沈んだあの顔を見なくて済んでいるのだから理由なんてどうでもいい。


 彼女の笑顔が増えればいいな。そう思った矢先だった。


「え!?どうしてですか!」


 玄関にいる彼女の声が、テレビの近くにいる俺の耳まで届いた。


 俺はテレビから目を離し廊下に目を向ける。視界に彼女を捕らえることは出来ないが、意識を向けているのでさっきよりは彼女の声がよく聴こえる。


「はい・・・はい・・・え、そんな!?・・・そうなんですね・・・はい・・」


 彼女の声は後になればなるほど、徐々に弱々しくなっている。良い話ではないことが彼女の声からもわかる。


「・・・はい・・・はい・・・はい、失礼します」


 電話を終えた彼女が歩いて来る足音がした。俺は聞き耳を立てていたことを隠すためにテレビに目を向ける。


 リビングに戻って来た彼女はスマホをテーブルに置くと、無言のままソファに座った。


「村上さん誰か、ら・・・」


 電話相手を聞こうと彼女の方を向く。横にいる彼女はテレビを一点に見つめている。しかしその瞳からはポタポタと涙が彼女の肌を伝って落ちていた。


「村上さん・・・」


 もう一度彼女の名前を呼ぶ。その声に我に返った彼女は流れる涙に指先で触れた。


「あれ?なんで涙が・・・」


 彼女の瞳から出て来る涙の量は次第に多くなっていく。


「なんで、止まらないんだろう」


 顔を手で覆い隠す彼女。それでも抑えることは出来ず、次第に嗚咽を抑えきれなくなっていった。


 俺は彼女の側に行き、そっと背中をさすった。


「心の整理がついたら話してね」


 彼女は顔を隠したままだったが、ゆっくりと頷いた。




 見ていた番組が終わった頃、彼女は落ち着きを取り戻した。


「大丈夫?」


 俺は彼女の背中をさするのをやめた。


「はい、もう平気です」


 顔から手を除け、膝の上で手を合わせる。目元には泣いていたことがわかるぐらい赤くなっていた。


 テレビの向こうから笑い声が聞こえて来る。しかしこちらはそんな雰囲気ではないのでテレビを消した。


 彼女は浅く深呼吸をしてから話始めた。


「会社、いけなくなりました」


「・・・は!?」


 俺は耳を疑った。


「え、いけないって・・・手続きに不備があったとかそういうこと?」


 彼女の口から発せられた言葉に動揺している俺に対し、彼女は冷静を保ったまま首を左右に振った。


「違います。内定取り消し、だそうです」


「・・・どうして」


 彼女は合わせていた手を強く握った。


「・・・会社の利益が大赤字になり、社員に給料を払い続けることが困難なんだそうです。そんな状況で新人社員を雇うことは出来ない、と」


「そう、なんだ・・・」


 俺はその先の言葉を出すことが出来なかった。


 生きてきた時間が短いから、経験が少ないから、こういう時に彼女を励ます言葉が思いつかない。そばで落ち込んでいる彼女をただ見ているだけの自分が嫌になる。


「秋原さん、ごめんなさい」


 彼女は俺の方に体を向け、深く頭を下げた。


「ど、どうして村上さんが謝るの!?」


 頭を上げた彼女はとても申し訳なさそうに俺を見つめる。


「内定が決まって、お祝いまでしていただいたのに、それを無駄にしてしまって・・・ごめんなさい」


 彼女は再び頭を下げた。


「村上さん・・・」


 頭を下げ続ける彼女が小さく肩を揺らしているのがわかった。


「頭を上げて」


 俺がそう言うと、彼女は従うように頭を上げた。しかし視線は下を向いてしまっている。


「会社側の問題なら仕方ないし、俺たちにはどうしようもないことだからさ・・・村上さんが謝る必要はないよ」


「そう、ですが・・・」


「だからさ・・・甘いもの買いに行こう」


「え?甘いものですか」


 話の展開から出てくることのない言葉が勝手に出て来た。彼女が目を合わせ、首を傾げるのも当然だった。口にした俺すらも、どうして出て来たのかわからない。


 でも決まってしまったことにいつまでもくよくよしているよりはいいかもしれない。


「上着取ってくるから、村上さんも暖かい服着てて」


「え?あ、はい」


 俺は彼女をソファに置いたまま自室に戻った。


 クローゼットから厚手のジャンバーをパジャマの上から着て、ポケットに財布を入れる。


「準備出来た?」


 リビングに戻ると彼女もパジャマの上にコートを着込んで立っていた。


「はい、でもどこまで?」


「コンビニかな?スーパーとかはこの格好で行きづらいしね」


 テーブルに置いていたスマホを空のポケットに入れながら玄関に向かう。


「行くよ」


「はい」


 彼女もコートの中にスマホを入れた後、電気などを消して後を追って来る。鍵を閉めた後、俺たちは近くのコンビニに足を向けた。

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