第9話 12月26日

 風呂の蛇口を閉めてしばらくすると村上さんがキッチンから食器を持ってやってきた。


「出来ました」


 テーブルには彼女が作った料理が次々と置かれていく。白ごはんに味噌汁、キャベツの千切りに拳ぐらいの大きなハンバーグが並べられた。


 俺も座ってばかりで何もしないのはおかしいと思い、自分のと彼女の箸とコップ、お茶を持ってテーブルに戻った。


 彼女がテレビ側、俺がソファ側に座ると二人そろって合掌した。


「「いただきます」」


 箸を手にしてすぐにテーブルにあるものがないことに気付いた。箸をテーブルに置くと席を立つ。急に席を立ったので彼女が俺の方を見てくる。


 キッチンの反対側に置かれた冷蔵庫を開けて、右側に置かれた青じそを取り出す。


「村上さんはハンバーグに何をかけて食べてる?ウスターソース?それともケチャップ?両方?」


「家ではケチャップでした」


「わかった」


 青じそのそばに置かれたケチャップを取ると冷蔵庫を閉めて席に戻った。


「ごめん、野菜にかけるの青じそしかないんだ」


「いえ、全然かまいません」


 彼女は首を振った。


 ドレッシングをテーブルの中央に置くと再び箸を手に取った。そのままハンバーグを一口サイズに切ると口に入れる。そんな俺を見て彼女は首を傾げた。


「ハンバーグに何もつけないんですか?」


 その質問に口の中のハンバーグがなくなってから答えた。


「あまりつけないね。つけたら肉本来の味を楽しめないし、作ってくれた人の味に文句を言っているような気がするから。・・・まぁ、人それぞれだけどね」


「そういう考えもあるんですね。私は家族全員がソースをかけて食べていたのでそのようなことを考えたことは一度もないです」


「ほとんどの人がそうだと思う。もとからソースをかけない人はいると思うけど、そう思ってかけないのは俺ぐらいだと思う」


「なんかいいですね、そういうの」


「何が?」


 首を傾げると彼女は俺のハンバーグの方を見た。


「作った相手のことを思っているところです。時々いるじゃないですか、味が薄いとか言って塩コショウとか入れながら文句言う人。ああいうの聞くと作った側としてはイラッときちゃうんですよね」


「・・・彼氏とかに言われたの?」


 彼女の実体験のような言い回しについ質問してしまった。言い終えた後に焦って質問を取り消そうとした。しかし彼女は少し口角を上げた。


「彼氏じゃないです。そもそもこの年になっていまだに恋愛経験がないんです」


 彼女の急な暴露話に呆気にとられる。彼女は高校生の俺から見ても可愛いと思う女性だ。そんな彼女をほかの男が黙っているとはなかなか思えなかった。


「告白されたことは?」


「大学生の時に一回だけ。でもその人とは付き合ってません。就活が大変で付き合うなんて到底考えられませんでしたし、私の両親がちょっとあれなので」


 もしその男性と付き合っていれば今頃はその男性のところにいたのだろうか?


 両親があれというのも引っかかったが、彼女があまり両親について話したくないような雰囲気を出しているので聞かない。


「その男性とは今は?」


「会っていませんし、連絡先も名前も知らないんです。告白されたときにはじめてお会いしたので」


「そうなんだ」


「秋原さんは?」


「俺?」


「はい、お付き合いの経験とかは・・・」


 彼女は真剣な顔で聞いてくる。彼女の話を聞いたのに自分のことは話さないのはフェアではない。俺はお笑顔を作って見せた。


「残念ながら告白をしたこともされたこともないよ。気になる人も今はいないかな」


「そうなんですね」


 思いがけない脱線話をしてしていたので会話をもとに戻すためにさっきと同じ話題を振る。


「それで誰に味が薄いって言われたの?」


「父です。あの人が昔から味の濃いものが好きなので」


「そうなんだ。俺は好きだよ、村上さんの味付け」


「そう言ってもらえると嬉しいです」


 彼女は出会って初めて満面の笑みを見せた。

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