第8話 12月26日

 1階に降りるとモールの隅に移動する。食品売り場では昼過ぎだろうが関係なくレジに長い列が出来ていた。


 その列を通り過ぎるとフードコートと書かれた看板が目に入る。しかしここのフードコートはバリエーションが少なく、たこ焼き、ラーメン、果汁100%ジュース、ちゃんぽんしかない。種類が少ないからこそ繁盛しているのだろう。


 フードコート内はほとんどの席が埋まっていた。多くの人が食事を終えて話をしている。


「どこか空いてないかな」


「そうですね・・・秋原さんあそこ」


 彼女は指を指すとその先にある席に歩いて行った。俺も少し遅れて彼女の後ろを追う。


「空いていて良かったですね」


 手に持っていた荷物を椅子の横に置くと彼女が振り向いた。


 彼女が見つけたのは二人用の席だった。2人用の席は利用者が少ないのであまり設けられていないがその分空いていることが多かった。


 俺たちの後に来た家族は席が空いていないねと話ながら引き返してしまった。


「そうだな。昼はなんでもいい?」


「はい、お任せします」


 彼女が返事をするとバックから財布とスマホだけ持ってたこ焼きの店に向かった。



 店の前に行くとおでこにタオルを巻いた店員さんがレジの前に現れた。


「いらっしゃいませ」


 店の上を見ると写真と共に種類と金額が書かれていた。たこ焼き、ソースマヨ、ネギマヨ、キムたことこちらも種類が少ない。


 彼女がどんなのが好きなのか分からないのでシンプルなのを注文することにした。


「たこ焼きを2つ」


「数はどうしますか?」


「数は・・・10個で」


「ドリンクはどれになさいますか?」


 店員がレジの上に置かれたメニュー表を見るように指示する。メニュー表は相変わらず手書きのものだった。コーラ、ファンタのグレープ、ペプシ、ジンジャーエールとオレンジジュース。


 もしかしたら彼女は炭酸が飲めないかもしれないと思った俺はオレンジジュースと無難なコーラを頼むことにした。


「オレンジジュースとコーラで」


 店員は俺の注文を全てレジに打ち終えると確認を取った。


「たこ焼き10個が二つ、ドリンクはオレンジジュースとコーラ、以上ですね」


「はい」


「合計で980円になります」


 言われた金額を会計皿の上に置くと奥でたこ焼きを焼いていた女性店員がレジにトレーに乗せられたたこ焼きを運んで来た。置き終わるとすぐにジュースに取りかかった。


「レシートです、ごゆっくりどうぞ」


 レシートと受け取ると同時に注文したものが全部揃ったのでトレーを持って彼女のもとに戻った。



 席に座っている彼女はスマホを操作しながら眉間にシワを寄せていた。


「お待たせ」


 トレーをテーブルに置きながら声をかける。彼女はスマホに向けていた視線を俺に向けた。


「いえ、ありがとうございます」


 彼女はスマホの電源を落とすと鞄に直した。


「・・・両親から連絡でもあった?」


「・・・どうしてそう、思ったんですか?」


「眉間にシワを寄ってたから」


 そう言うと彼女は目を閉じた。数秒後目を開けた。


「父から連絡が」


「出なかったの?」


「今はまだ声すら聴きたくないので・・・」


 声のトーンを落としながら彼女は答えた。俺は彼女と彼女の家族のことを知らない。就職のことで喧嘩をした、それがどのような喧嘩なのか俺が知る権利はない。俺と彼女は赤の他人、踏み込んではいけないラインがある。俺はそれ以上そのことを聞くのをやめた。


「そっか・・・たこ焼き冷めないうちに食べよう」


「そう、ですね」


 俺たちは容器の中に置かれた爪楊枝を取るとまだ温もりのあるたこ焼きを食べ始めた。食べ始めはお互い話の話題を探していたが、容器からたこ焼きが消える頃にはこれまで通りの会話が出来ていた。



「ご馳走さま」


「ご馳走さまでした」


 二人が食べ終わるとトレーを返却してから4階に向かった。



 4階に着くと目の前には家電製品がずらりと並べられていた。冷蔵庫に洗濯機、掃除機や炊飯器など。でも今日はそれらが目的ではないのでスルーする。


 家電とは別のエリアにはベッドやソファ、座椅子やカラーボックスなどが置かれていた。しかしそれらはバラバラに置かれていて、天井に看板もないので2人で店内を回ってようやく布団が置かれた場所にたどり着いた。


「全然違うところにありましたね」


「そうだな、ベッドの近くに置いて置いてほしいよ」


 ベッドを見つけたときにその付近にあると思っていたのに、布団一式はそこから離れた建物の隅っこに置かれていた。


 棚には布団だけや毛布だけは多く置かれていたが、全部セットになっている商品の数はかなり少なかった。四葉のクローバーが描かれた緑と白のもの。水玉の白と水色のもの。ハートが描かれたピンクと白のもの。どれもこれも少し子供用のような柄や色をしていた。


 しかし、布団などが置かれている場所は近場ではここぐらいで、ほかは歩いて行くにはかなり遠くなる。持って帰るのは困難だろう。タクシーにだって入るか怪しい。最悪購入した店に持って来てもらうのがいいだろうか?それならネット販売で買った方が種類が多いような・・・。


 1人で布団を見ながら考えていると彼女はクローバーの柄の布団を指さした。


「これにします」


「もう決めたの!?」


「だってこれしか選択肢がないような気がして。水玉はパジャマと色がかぶりますし、ハート柄はちょっと・・・、なのでこれで」


「・・・わかった、それを買って帰ろうか」


 彼女は自分で選んだ布団を持ち上げようとしたがなかなか上がらない。一度手を離し、気合いを入れて再チャレンジしても結果は変わらなかった。


「代わって」


 そう言って彼女と場所を交代した。さすがに全部そろっているだけあってかなりの重量があった。


「レジに行こうか」


「・・・さすが男の子ですね、そんなに軽々とそれを持ち上げて」


「そう?」


「そうですよ。私では無理ですから」


 そんな会話をしながらレジに向かった。



 西の空が薄暗くなり始めた頃、重い荷物を足元に置いて玄関の鍵を開ける。


「ただいま~」


 誰もいない部屋にため息混じりの声をかける。地面に置いていた荷物を持ちあげるとそのまま靴を脱いで中に入る。


「ただいま」


 俺が廊下まで進むとようやく彼女が中に入って来た。荷物を廊下に置くと玄関を閉めて鍵をした。


 先に入った俺はリビングの電気をつけて壁の横に布団が入った大きな袋を置いた。手元が軽くなると疲労した肩をほぐすために肩や首をまわした。


 布団類はショッピングセンターで持ったときはなんともなかったのだが、帰りの途中で疲れてきた。彼女が心配そうに声をかけてくれたが大丈夫と言って休憩を取らずに帰って来た。


 ある程度回し終わったころ、あとから入って来た彼女がリビングにやってきた。


「今日はありがとうございました」


 村上さんは手に荷物を持ったまま頭を下げた。


「礼はいいよ、それより買ったものを袋から出そうか」


「はい」


 俺はさっきまで持っていた袋のチャックを開けて布団などを取り出した。


 袋の中から今晩から必要になる薄い布団以外を取り出した。彼女もテーブルの近くで今日買った服や食器などを取り出している。俺はひとまず不必要になった薄手の布団とそれらを入れる袋を持って自室に入った。


 俺の借りているマンションは収納できる場所が洋室のクローゼットしかないのでその隅に入れるとリビングに戻った。


 リビングでは今でも彼女が買った服の値札を取り外しているところだった。


「手伝おうか」


 そう言いながらバラの書かれた袋を避けてほかの袋に手を伸ばす。


「ありがとうございます」


 そうして今日買った物を二人で使える状態にしていった。



 物の整理が終わった頃には外は暗くなり、ほかの家から漏れる光が町を照らしている。


 カーテンを閉めていると収納ボックスのふたを閉めた彼女がスッと立ち上がった。


「夕飯作りますね。秋原さんはソファで休んでいてください」


 そう言って彼女はキッチンに向かった。俺は彼女の言葉通りにソファに座ろうとしたがやめた。風呂の準備をするのを忘れていたからだ。風呂場で浴槽にお湯をためるために蛇口をひねってからソファに腰を下ろした。


 テレビを見ようとつけたがどこもニュースばかりで面白くはなかった。テレビを消すとキッチンから包丁で野菜を切る音などが聞こえてくる。


 昨日も見た光景だが、やはりまだ馴染めない。


 待っている間暇なので休憩室でやっていたダンジョンの続きをすることにした。

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