第7話 12月26日
ショッピングセンターに着くと開店してまもないはずなのに多くの人が行き来していた。
このモールは1階が食品、2階が服、3階が雑貨やアクセサリー、4階が家電や家具となっている。
いきなり重たい物を持って店内を見て歩くのは大変なので最初は軽い寝巻きから見ることにした。
2階に向かうエスカレーターを降りるとすぐ目の前に寝巻きを置いているコーナーがあった。
寝巻きはいろんな種類があり、色もカラフルだった。しかしそれらはどれも値下げ商品のようで、値札のところには赤い円形の割引シールが貼られていた。
そのことを伝えようとすると村上さんは1つのハンガーを手にこちらを見ていた。
「これにします」
村上さんの持っている寝巻きは薄い水色のよく見る典型的な物だった。もこもこが付いているわけでも、可愛いワンポイントがあるわけでもなかった。
「本当にこれでいいの?」
まだ見始めたばかり。他の店に行けばもっと可愛いものや彼女に似合うものもきっとある。
「他の店にはもっと可愛いものあると思うけど?」
「いえ、これでお願いします」
俺は彼女の持っている服の値段を確認した。値札には税込み2358円と書かれ、半額と書かれたシールが横に貼られている。つまり税込みでも1129円となる。昨日調べたおおよその金額を大きく下まわっていた。
彼女に値段を気にしなくてもいいよ、と言ってあげたいが、何度も聞き直すとうざがられると思ってそれ以上は言わないことにした。
「わかった。レジに持って行こうか」
「はい」
服を持ってレジに並ぶ村上さんと一緒に並んだ。
「いらっしゃいませ」
レジを担当している人は俺の母さんぐらいの年齢の人だった。
レジの上に寝巻きを置くとレジの人は慣れた手つきでバーコードを読み込んだ。
「1点で1129円にないます」
俺はあらかじめ出していた財布から1130円を出した。普段から1円玉と5円玉を持ち歩かないでこういうときに貯まっていく。
レジに取り付けられた会計皿の上に置くとレジの人はお金を数えるとお金を先に渡してくれた。
「先に1円のお返しとレシートです」
レジの人はお金を手早くしまうと袋を取り出し寝巻きを軽くたたんで入れた。
「お待たせしました」
差し出された袋を彼女が受け取ると後ろに並んでいた人と交代した。彼女が遠慮して安いのを買ったので寝巻きだけですでに2000円もの余裕が出来てしまった。
次に同じ階にある服屋を訪れた。
店内は半分ずつに男女が分かれている。店内には同じような年代の1人や友達同士でショッピングに来ている子もいる。
「村上さん、服を選んできて。俺は男の方を見てくるから」
「わかりました」
そう言って俺とは逆方向に向かって行く。彼女が棚に隠れるまで見届けると俺も服を見に向かった。
今年に入って服をまだ1着も買っていなかったので良い機会だと思った。
服の棚を見ると色鮮やかな厚手の服がハンガーにかけられていた。パーカーやジャンバー、ジャケットと色々。でもパッと見てこれがいいと思えるものはなかなか見つからない。
上着やTシャツ、ズボンも一通り見たが、それでもピンと来る物はなかった。自分の服を買う予定ではなかったので一通り見た後は彼女を探すことにした。
女性服の方を見るとすぐに彼女を発見した。遠くにいる彼女はハンガーにかけられた薄い茶色のジャケットを取ると鏡を見ながら自分の体に重ねる。少し体をねじって横の見え方も確認する。彼女はその服が気に入ったようで鏡に映る彼女は笑顔を見せていた。
しかし、値札を見た彼女から笑顔が消えた。変わりに残念そうな顔を浮かべながら元の場所にハンガーを掛け直した。
「村上さん、服は決まった?」
彼女の近くに行くと後ろから声をかけた。彼女はビクッと肩を上げると勢いよく振り向いた。
「秋原さん・・・服はもういいのですか?」
「あまり欲しいと思うものがなくてね」
「そうなんですか」
周りには彼女が持ってきたカバンはあるものの、気に入った服や購入しようとしているような服は1枚も見当たらなかった。当然買い物籠もない。
「気に入った服が見つからない?」
「いえ、そんなことはないです。ただ・・・」
「ただ?」
そこで彼女は黙り込んでしまった。俺は彼女の後ろに行くとさっきまで持っていた服を手に取る。
彼女はこの服を見て笑顔を見せていた。しかし値札を見た後からその笑顔は消えた。俺もその服の値札に目を向ける。
「8236円か・・・そんなもんだろう」
値札から目を離すと彼女はこちらを向いていた。俺ではなく、俺の手に持っているジャケットの方を。
「・・・見ていたんですか」
「こっちに来るときにちょっとね」
「そうだったんですね」
彼女はジャケットからも目を逸らし、何もない白い床を見ている。
「お金のこと気にしてる?」
「・・・」
彼女は無言のままだった。他人にお金を出してもらう、確かに俺が彼女の立場なら同じように遠慮するだろう。相手になるべく負担のかからないように、そう考える。それが恋人とか仲のいい友達なら「ありがとう」と言って終わるだろう。
でも俺と彼女の関係は違う。ただの同居人。そんな相手からお金を出してもらうのだから気が引けるのだろう。だからさっきもあんなに値下げされた寝巻きを選んだのだと思う。でもこの店にはそういった商品はまだおいていない。2月頃になれば今売っている商品が値下げされるだろうが、それでは遅い。ほかの店に行ってもこことは大差がないだろう。
どうしようか考えた俺は昨日のオムライスと今朝の洗濯物をしている彼女を思い出した。そこで1つの案を思いついた。
「必要な物は全部買う。服もベットもすべて。その代り村上さんには家の家事全般をお願いしたい」
「それはどう言うことですか?」
彼女はようやく顔を上げ、目を合わせた。困惑しているような表情を浮かべている。
「今お金がないでしょう?でも服とかは必要になる。だから俺がそれらのお金を全部出す。値段は気にしなくていい。その代わりに村上さんには家事をお願いしたい」
「でもそれでは割に合わない気が・・・」
「確かにそうかもしれない。でも家事代行という仕事はある。実際どれぐらいでやってくれるのかわからないけど、それで稼いでいる人はいる。それで返済ってかたちでどう?それなら問題ないと思うけど?」
思いついた案を彼女に伝えると目を少し下に向けた。何かを考えているようで眉間にしわを寄せる。
「本当にそれでいいんですか?」
「俺は十分助かるよ。バイトのあと家に帰って家事をするのは大変だからね」
「・・・そうですか」
彼女はさらにしわを寄せた後、考えがまとまったようで目を合わせた。
「わかりました」
その返事に少し安堵した。この案をダメだと言われたらこれ以上の案が思いつく気がしなかったから。
「それじゃあ服を選ぼうか」
俺はジャケットを手に持ったまま、近くに積まれた籠を取るとその中に入れた。
彼女の服選びはかなりの時間を要した。いくら俺の案を承知したとはいっても考えが変わってわけではない。服を見て、値段を見てやめる。そんなことを何回か繰り返してようやく2セット分服を買うと店を出た。
次に向かったのは同じ階にある下着売り場だった。ここばかりは俺が付いて行ける場所ではないので彼女にお金を渡して、村上さんから寝巻きと私服が入った袋を預かると横にあった休憩スペースにいることにした。
休憩スペースは人が居なかった。やることがないので横の席に袋を置くと、バックに入れていたスマホを操作することにした。
ドラゴンが出て来るパズルゲームをしているとLINE通知が入った。相手は美智子さんからだった。
(朗報!明日新しいバイトの子が来まーす!)
LINEを開くとコメントの後にウサギが万歳をしているスタンプが送られて来た。俺がメッセージを見たことですぐに既読が付く。
(どんな子なんですか?)
(茶髪ロングのおとなしそうな子だったよ)
そう言われて昨日店に来た東堂さんが頭に浮かんだ。美智子さんの言っている子と共通する点があったからだ。それに昨日来た時にとても店の雰囲気を気に入っているようにも見えた。可能性としてはゼロではなかった。
そこまで考えて美智子さんに聞いてみた。
(その人って東堂って名前ですか?)
しかし俺の考えは外れていたらしい。
(違うよ。日野って名前だったよ。晴太くんと同じ2年生だって)
(そうなんですね)
俺はその名前に憶えがなかった。中学の時は
(月曜日から来るからいろいろ教えてあげてね)
メッセージの後に今度はカエルが親指を立ててグットサインをしているスタンプが送られてくる。美智子さんは意外と多くの動物のスタンプを持っているようで、こうして会話をしていると必ず1,2回は見る。もしかしたらスタンプだけで会話が成立するぐらいのバリエーションを持っているかもしれない。
彼女のメッセージに(了解です)と送るとタイミングよく休憩室に村上さんが入って来た。手には白いバラが描かれた紙袋を抱えている。
「買ってきました」
「よし、次は3階で食器を買いに行こうか」
メッセージの下に既読が付くのを確認するとバックに入れて立ち上がった。横の袋を手にすると休憩室を後にした。
エスカレーターで三階に向かうと100円ショップに向かった。店に着くと迷わず食器が置かれているコーナーに足を向けた。
この町に来た時以来このコーナーには来ていなかったのでとても久しかった。箸や茶碗のバリエーションは以前より豊富になっているように思えたが汁椀だけは1種類しか置かれていなかった。
汁椀は確定なので1つ手にすると横の茶碗の方に移った。
「どれにする?」
「そーですね・・・」
しゃがんで下の棚に並んでいる茶碗を見ながら彼女は首を傾げた。
茶碗は猫の柄が入ったもの、水玉、シンプルな白一色といろんな種類が並べてあるので悩むのも仕方がない。それに彼女は値段のことを気にしていることろがあるが、ここではそれを気にする必要はない。全部同じ値段なのだから。
「籠取って来るから選んでて」
「わかりました」
返事が返って来ると彼女を1人置いて店の入り口のところに高く積まれた籠を取った。そのまま彼女のもとに帰ろうとしたことろで大切なものを買うのを忘れていた。それは物を収納するための入れ物だった。
いくら村上さんの私生活に必要なものを買ったところで収納するものがなければ困る。本当は個室を用意してあげたいのだが、俺の借りているマンションは俺の部屋以外に部屋はない。別のマンションを借りるとなると契約金の時点でかなりの額が必要になる。
俺は彼女のいる方向とは逆の方向に歩き出した。
文房具や裁縫道具の奥にそれらはあった。ぱっと見てほとんどがプラスチックの物だった。ほかにも木でできたのもや布の物もあるが、蓋がなかったり、中が丸見えだったりしていた。家族なら構わないだろうが村上さんは他人。いくら同居人といえども見られて困るものや恥ずかしいものはある。今朝の俺だってパンツを見られたときは恥ずかしかったのだから。
どうしようと悩んで首を傾げたとき、視界の端に袋に入れられた板のようなものが見えた。
「・・・折り畳み収納ボックスか」
俺は目に入った収納ボックスを手に取った。柄の種類は少ないが、ふた付きで収納量も大きい。何より使わないときにたためるのはとても便利だ。それに椅子としても使えると書いてあった。
「これでいいや」
俺はデザインのいいものを2種類取ると籠に入れた。その近くにあったハンガーを数個取るとようやく村上さんのもとに向かった。
食器のコーナーに行こうとすると選んだ茶碗と箸を持って店内をきょろきょろ見回しながら歩いてくる彼女がいた。彼女は目の前の俺を見つけると駆け足で近付いてきた。
「ようやく見つけました」
「どうかしたの?」
「秋原さん籠を取りに行くと言って全然帰ってこないから探したんですよ」
「あー、ごめん。ほかの物を取りに行っていたから」
「ほかの物?」
彼女はようやく俺の持ってきた籠の中に入っているものに目を向けた。
「収納ボックスですか?」
「村上さんの物を入れるのに必要でしょ」
「そうですね、ありがとうございます」
「それじゃレジに行って会計を済ませてからひとまず1階に降りようか」
そう提案したら不思議そうに俺を見てきた。なにを言いたいのかわかった俺は彼女が聞いてくる前に答えた。
「昼過ぎているから休憩がてらたこ焼きでも食べようかって思って」
「もうそんな時間なんですね」
建物の柱に置かれた時計を見上げる。時間はすでに1時を回っていた。そんなに長い時間いた気はしていないのだが、ここに来てすでに2時間以上を過ぎていた。
レジで会計を終わらせたあと、布団を買うのを後回しにして1階に戻ることにした。
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