第6話 12月25日・26日

 村上さんが風呂に入っている間に自室に戻って明日必要になるお金の計算をすることにした。


「まず布団一式から」


 近くにあったルーズリーフに布団一式と書いてスマホで検索する。


 ここに引っ越して来た時に買った布団は8千だったから、多分その辺の値段だろうと思う。


 有名な通販サイトを開いて検索すると予想通りの値段のものがいくつも出てくる。


「だいたい5千から1万か。高いやつは・・・2万円もするのか!」


 見た目が全く同じなのに値段が高い布団を見つけて驚愕する。詳細を読むと違いは中に入っている鳥の毛だということがわかった。


「ひとまず布団で1万5千としておこう」


 ルーズリーフにだいたいの金額を書いて次に移る。


「次は・・・」


 布団の時と同様に検索をかけていく。寝巻き、食器、検索を少し躊躇した下着と彼女に必要な物全てのおおよその金額を出した。


「だいたい8万ぐらいあればいいのか。一応のため10万持って行けばいいだろう」


 引き出しを開けて分厚い茶封筒を取り出す。その中から万札を10枚だけ抜き取ると再び引き出しに戻した。


 喫茶店ルミナスの毎月の給料は銀行振り込みではなく、今時古い手渡しになっている。そのためわざわざ自分で通帳に入れるのが面倒なのでこうして保管している。


 必要なお金の目処がついた俺は大きく背伸びをした。どれだけ集中してこの作業をしていたか分からないが、体が硬くなっていたので上半身を捻ってほぐすと部屋を出た。


 自分の部屋を出ると風呂上りの村上さんがテレビの前で正座をして座っていた。


「村上さん?」


 声をかけても彼女の反応はない。不思議に思った俺は彼女の背後に近付いた。


 彼女の横に座ると充電ケーブルからスマホを外してスマホを操作していた。


「村上さん?」


 もう一度尋ねると俺の方を見て体をびくっと跳ねさせた。


「あ、秋原さん、いつからそこに」


「ついさっき。それより何してるの?」


 俺は彼女のスマホを少し覗き込んだ。彼女が見ていたのは着信履歴だった。上から下までお父さんと書かれた欄が並んでいる。


「電話しなくていいの?」


 そう聞くと彼女は視線をスマホの画面に落とした。


「はい、いいんです」


「・・・そっか」


 俺はそれ以上言うことなく立ち上がった。


「俺はもう寝るから。あとはお願いね」


「わかりました、おやすみなさい」


「おやすみ」


 洗面台で洗濯機を回し、歯を磨き終えて部屋に戻るまで彼女はその場を一歩たりとも動かず、ただスマホを見つめていた。


 部屋に入った後、彼女がどうしたのかは俺にはわからない。




 翌日、小鳥のさえずりで目が覚めた。ベットの上に置いている普段使わないデジタル時計は7時を表示していた。


 体を起こしてジャンバーを脱ぐ。その中に来ていた中学の時に使っていたウィンドブレーカーも脱ぐとリビングに向かった。


 部屋のドアを開けると一気に冷たい風が体を通り抜ける。その風を浴びて震える体を両腕で抱く。


「さむっ!」


 風の吹いてくる方を見るとバルコニーに繋がるガラス扉が開いていた。そして青い籠を横に置いて昨日俺が着ていた服を干してくれている村上さんがいた。


 俺の声に気づいた彼女が俺のTシャツを手に振り向いた。


「おはようございます」


「おはよう、ありがとうね洗濯物干してくれて」


「いえいえ」


 そう言いながら洗濯物を寒い中ハンガーにかけていく。


 ある程度干していくと籠の中に手を入れて彼女が止まった。


「どうかした?」


「え〜と、これは・・・」


 籠から彼女が取り出したのは俺の履いていたパンツだった。


「あ!ごめんあとは俺がやるから村上さんは食パンを焼いててくれる?」


 俺は急いで彼女のもとに行くと手からパンツを回収した。


「わ、わかりました」


 彼女がバルコニーから出ると物干し竿の隅の方にパンツを干した。


「まだまだ問題点はありそうだな」


 小声で言うと白い息が出た。籠の中には二枚のバスタオルが残っていたのでそれも干すと籠を持って部屋に戻った。




「それで今日は近くのモールに行こうと思ってるけどいい?」


 軽く焦げ目の付いた食パンを一口かじった後、俺と同じようにテーブルの前に座り食パンを食べている彼女に話しかける。


「はい、私は構いません」


「じゃあ10時にはここを出ようか。その時間に店も開くから」


「はい」


 俺たちはそのままパンを食べ終わると各自の準備に入った。



 クローゼットを開けて黒のズボンに白のTシャツ、同色のパーカーに濃い茶色のブルゾンを着て部屋を出た。


「村上さん、準備出来た?」


 部屋のドアを開けながら聞くとソファの前でスーツを着た彼女が立っていた。


「はい、ちょうど今終わりました」


 一昨日初めて彼女と会った時と同じ格好をしている。服がないので仕方がないのだが、やっぱりその格好ではこの時期では寒さに耐えられないだろう。


「村上さんちょっと来て」


 俺が部屋のドアを開けたまま彼女に部屋に入るよう指示する。彼女は返事をするとゆっくりと歩いて来た。


「失礼します、秋原さん?」


 彼女はドアのところから顔だけを覗かせる。


「入って来て」


「はい?」


 疑問を含んだ返事をするとクローゼットの前にいた俺の横に並ぶ。


「どうかしたんですか?」


「その格好だと寒いだろうと思ってさ」


 クローゼットの中から黒いダウンコートを取ると彼女に渡した。


「これを着てみて」


「わかりました」


 彼女はスーツの上からダウンコートを着た。コートのファスナーを閉めた。コートの下からは少しだけスカートの裾が出ている。


「いいね、スーツと合わしてもおかしくない」


 彼女は自分の体を見渡す。手を広げて服の相性を見ている。


「そうですね、それに温かいです」


「今日はそれ着て行こう。今日はこの冬1、2位を争うぐらい寒いらしいから」


「ありがとうございます」


「いいよ、じゃあ行こうか」


「はい」


 部屋を出る時に財布などを入れたショルダーバッグを肩にかけると部屋を出た。




「忘れ物ない?」


「ないと思います」


 彼女の確認も終えたところで玄関の鍵を閉めた。


 日曜日ということで廊下を歩くと部屋の中にいる人の声が聞こえて来る。子供の声からお年寄りまで。それらを耳にしながらエレベーターに乗って1階に向かった。

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