第478話 モグラヒメ

 これは少し昔のお話。

 ある所に、黒い髪の少女がおりました。

 大変美しい少女でしたが、とても悪戯好きの女の子でもありました。

 ある日、その子は悪戯が過ぎて、姉達の大切な宝物を壊してしまったのです。

 それに大変怒った姉達は、少女を深い深いダンジョンの底へ閉じ込めてしまいました。

 日の光の下へ出ることを禁じられた少女は、いつからかモグラヒメと呼ばれるようになりました。

 そして、今なお、赦されぬ少女は暗いダンジョンの中を彷徨続けているのです。

 もしかしたら、あなたの家の近くにあるダンジョンにいるかもしれないモグラヒメ。

 あなたが出会っても決して、彼女をダンジョンから出す手助けをしてはいけません。

 そんなことをすれば、姉達の怒りが今度はあなたに降り注ぐことでしょう。


「……何だ、それは?」

「母のことを書いた絵本。

 題名は、ズバリ"モグラヒメ"」


 迷宮都市タカヤマにある自室。

 そこで、数日前から調子を崩して寝ていた俺。

 そんな俺に、監視兼伝達役として同行している末娘が読み聞かせてくれたのが、まさかの俺を題材にした絵本であった。


「小さな子供には、悪い子はモグラヒメみたいに、ダンジョンへ閉じ込められてしまうぞ!

 って脅すまでがセットの読み聞かせ本」

「かなり事実に即していない気がするが?」


 よりによって教訓本にされるとか、体調が悪い本人の枕元でそんな本を読むなや、とか言いたいことは山ほど有るが、フィアーナに言ったところで無駄なので、物語と現実の差異を指摘する。


「……似たような物だと思うけど?

 異世界問題を起こした罰で、ダンジョンに閉じ込められて数十年。

 この数十年でお日様の下に出たのって、両手の指で数えるくらいでしょ?」

「……罰で閉じ込められているわけじゃない。

 問題を起こさないように自重しているだけだ」


 ……まあ、周囲からの素晴らしい圧力があるのも事実。

 それが煩わしくてダンジョンに引き篭っているのだから、閉じ込められていると言う表現も間違いとは言いきれんが……。


「物は言いよう。

 ダンジョンから少し出るだけでも、数日掛けてトルシェ様から許可を取り、出たら出たで監視役の真竜達の目が光っているから出たくない。

 これは事実上の軟禁……」

「……かもな。

 だが、俺はもうやることもないからな……」


 先回、ダンジョンを出た時に、孫達に囲まれて幸せそうに旅立つ娘を看取った。

 その前は、迷惑ばかりを掛けた妻。

 天寿を悟ったと言うユーリカに付き添った1年はこれまでが信じられないほど、穏やかな時間だった。

 ……傍目には祖母と孫娘にしか見えなかっただろうが。


「……母が此処で働く限り、甥っ子や姪っ子の幸せは続く」

「……どうだろうな?

 もう頑張る必要もないくらい連中の権威は高みに達していると思うが?」


 ファーラシア王国からドラグネシア帝国へ名を変え、皇帝となった曾孫。

 親族にも血縁がかなり混じり、磐石の権威となっている。


「……もう、俺の役目も終わったんじゃないか?

 だから、俺の命脈も尽きつつあるのかもしれない……」

「……」


 かなりの力を取り戻したはずの俺が、体調を崩すと言うのがおかしい。

 気が抜けて、寿命を迎えようとしているとしても不思議じゃないだろう?

 何せ、俺は異世界転移をした人間がベースになった特殊な真竜だから、他の真竜と同様に生きるとも限らない。


「母よ。

 さすがにそれは悲し過ぎる。

 世界で一番の力と権威を持つのに、まるで囚人のように、人生の半分以上を暗い地の底で過ごしたまま、その生を終えるのか?」


 確かに、地球での年月に転移当初の年月を足しても、ダンジョン内にいる月日に及ばないな。

 しかし、


「……同じだよ。

 豪華な玉座の上で、呆然と生きるのも暗いダンジョンの底で静かに朽ちていくのも、異世界の部外者には相応しい末路であり、当然の結果だ。

 それが嫌ならその世界で生きる選択をするべきだった……」


 マナやユーリカ、或いは巻き込まれた勇者連中のように、この世界に染まっていけば、腫れ物扱いにならはなかっただろう。

 ……強過ぎるこの力では難しかったとしても、努力はするべきだった。

 或いは、


「意外と前世の報いか?

 好き勝手やり過ぎたセフィアの……」


 強過ぎる力を持っての異世界転移が、既にかつてセフィアだった俺に、世界が仕向けた罠。

 そうであっても不思議ではない。

 ……どうにも久し振り過ぎる体調不良に、気が弱くなっているようだった。

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