第432話 遠征団準備
本来であれば、飛行能力を有するグリフォン相手に海軍を充てるのは愚策も愚策。
陸上に比べて旋回能力に劣る船で、空中から強襲し放題のグリフォンに対抗するのは、馬鹿げた行為だ。
それは最初にグリフォンの餌食となったトランタウ行き商船団の壊滅具合からも明らかな話。
しかし、ラロル帝国には他の選択肢がないと言うのも事実。
大陸中央への唯一の陸路が、谷地形となっているラロル帝国は、その谷の出口に陸軍を展開出来れば、陸路を用いた侵攻を防げる構造。
つまり、少数部隊で国土防衛が賄える。
逆に国の南東から北東、北西まで走る長い海岸線の維持は、高いコストが必要。
故に、陸軍に割り当てられる予算は海軍の5分の1程度だったとのこと。
その陸軍の大半を、第一次グリフォン討伐戦で失った帝国には、相性の悪さを加味しても海軍を充てざるを得ない理由があったと言うわけだ。
その海軍も最新の大型船舶の大半が、シーサーペントによる攻撃で壊滅しているので、今は引退した旧型の大型儀礼船を遠征団旗艦へと改修している最中。
その改修にも目処が立ち、いよいよ出立が近付く段階となったために帝国では、団長就任式とそれに伴う夜会が連日催されている頃合い。
傭兵扱いの俺達家族と、ゴレアスの配下として派遣された士官は、旗艦内で待機中となっていた。
後は、ゴレアスの父親であるベルトン男爵の到着をもって旗艦出陣。
途中の港で随伴船を拾って、グリフォンが住み着いた帝国西部の山脈を目指す。
のだが……。
「閣下!
こちらのデザイン案はいかがでしょうか?」
「いえ、こちらの方が!」
船内中央にある広い会議室で、俺に差し出されるのは、赤を基調とした船と、青を基調とした物の絵。
それを差し出すのは、今のところはラロル帝国の騎士であり、ゴレアスの配下となっている者達。
……そして、この旗艦を更に改修してマウントホーク辺境伯家の交易船となった時の交易船幹部候補の者達でもある。
どういうことと言えば、簡単な話。
グリフォン退治を俺がするのは、ラロル帝国としては幾つも不具合がある。
……主に懐事情的な。
まず、グリフォン退治を普通に行い、グリフォンが占拠した土地を差し出すパターン。
彼の山脈が不毛な土地なので、報酬をケチッたように見えるし、そのくせ
外聞と安全保障の2重の意味で却下。
次に、1のパターン後に、彼の山脈をラロル帝国が買い取る場合。
普通の評価額で買い取るなら、周辺国から恥知らずと思われ、その功績に見合う価格を提示すれば、国庫が空になりかねない。
なので、報酬を帝国が抱える借金奴隷で支払う形で有耶無耶にし、責任者として皇帝の甥子であるゴレアスを差し出す。
これが事前に設定した今回の取り決めだが……。
それに帝国側貴族からの横槍が入る。
曰く、差し出す報酬が"安過ぎる"と。
まともな外交感覚を持っている貴族なら、ある意味当然の危惧である。
高位幻獣の群れ単位討伐となれば、下手すると小国の国家予算を凌ぐ。
それを大量の借金奴隷と言う形の将来性で支払うわけだが、極端な話、それは1億円が当たるかもしれない宝くじを差し出すことで、1億円の借金を帳消しにするような乱暴な話。
そこで、一部の良識的な貴族達は、多少片落ちしているものの、当時は莫大な総工費を掛けて造られた大型儀礼船を改修して現物支給。
加えて、その船舶の停留所と港の使用権を譲渡することを皇帝に奏上したと言うわけだ。
その奏上は、皇帝としても元々考えていた褒美であるので、乗り気になるのは当然。
後は何処の港を利用するかの調整だけとなる。
じゃあ、何処の港を?
そう考えた時に出てくるのが、船を改修した船大工の属する港が最適。
だが、海洋国家であるラロル帝国の船大工は何処も同じく腕が良い。
なので、港を有する貴族家は、縁者をマウントホークに差し出して売り込むわけだ。
それが今の事態の正体。
「私はこの赤いデザインが好き!」
「私は~、どれにしましょうね~」
もちろん、
ついでに言うなら、皇帝へ奏上した貴族達と目の前の騎士達には、何らかの繋がりがあるのも当然の話。
こうして、元儀礼船は仁義なき公共事業争奪戦の舞台となっている。
「……元皇族としては素直に喜べませんがね」
「だが、反対ではないのだろう?」
この場で唯一、苦い顔のゴレアスが呟くので、それを拾って返す。
「……そうですね。
元皇族としては、外国貴族へ支払う金銭を減らして、公共事業に回せる事実。
マウントホーク家の従士としては、東大陸方面への影響力を得る話。
加えて、個人としては皇帝のお情けと後ろ指指される生活からの脱却です。
嬉しくないとは言いませんが……」
「まあ、他のメンツと違ってお前さんは、故郷からの永久追放だからな」
「嫌な言い方をしないでくださいよ!」
ゴレアスが1番引っ掛かっているであろう部分をつつくと、案の定、語気の強い返事が返ってきた。
この世界である程度の地位にいる人間に、共通の打撃。
社会保障の弱い世界だけに最後に頼れるのは、自身の家なのだ。
だから、家柄を大事にする。
特にゴレアスは、新興男爵家とは言え嫡男だったのだ。
洗脳に近い教育があったと思うのが妥当。
そんな人間にとって、異国へ追い出されるとなれば、ある種の拷問だろう。
「……まあ俺も似たような物だから気持ちは分かる」
「……」
帰るためにちょいと無茶する程度、望郷の念はあるのだ。
その点、ユーリカは強いなと思うが……。
「巣立ちの時とでも思え。
それに、ファーラシアへ移住することが、家族への最大の援助なのも事実だ」
ゴレアスが、マウントホーク家で存在感を強めるほど、ラロル帝国に置けるベルトン達の影響力のは間違いない。
……まあ、納得は出来んだろうがな!
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