第412話 財閥貴族
情報収集も兼ねて王城を訪ねれば、門前には近衛隊が待ち構え、そのまま直行で国王の元へ護送されることになった。
王城を訪問する都度、対応が上がっていく貴族と言うのも珍しい話だ。
最初は普通の貴族として、一般兵に案内されての登城だったのが、そのうち、顔パスで出入り自由な王城勤めの高位貴族みたいな扱いになり。
今では、国賓のように登城時に近衛隊の護送を受ける身の上とはな。
……俺的には顔パスでぞんざいな扱いくらいが丁度良いんだがね。
誘導役の近衛騎士の後ろを歩きながら、ぼんやりと考えていると、王城内の最短ルートを進んで国王の執務室へと通される。
普通は領地貴族が王城を訪ねれば、まず登城理由の聞き取りからなのだが、俺には既に適用外の決まりのようである。
「お久し振りです。
無事の生還をお喜びいたしますよ。
マウントホーク卿」
宰相であるジンバルが、執務室の扉を直接開けて対応してくれる。
どうやら既に人払いまで終わっているようだ……。
「久し振り。
……まあ領地貴族なら普通の頻度だとも思うけど」
「確かに。
……それで先生の今日のご用件は?」
ジンバルと奥にいるレンターの両方へ向けて声を掛ける。
大半の領地貴族なら年末年始くらいしか王城へはやってこないし、むしろ、高頻度なくらいだと肩を竦めれば、レンターから苦笑が返ってくる。
そんな具合に話を切り出しつつ、ジンバルの導きに従って席に着けば、向かいを国一番の主従が固める。
「大したことじゃない。
一旦、別邸で休んでからサザーラントへ戻ろうとしたら、王都内でうちの家内が変わった商売を始めているようでな?
俺の方に事前連絡がなかったことも問題だが、それ以上に王宮との調整具合が気になってな……」
本来、王宮との調整は当主である俺を介する必要がある。
それを辺境伯夫人であるユーリカが、勝手にやっていては大問題だ。
場合によっては、王宮から無礼行為を糾弾されても不思議ではないのだが……。
何故か顔を青くする主従。
どうやら主犯は、王宮側のようである。
「それは、そのう……」
「……王宮の財務との問題でしてな。
現在行われている休養地計画は、王宮主導で辺境伯夫人が顧問と言う形を取っておるのです」
「うん?」
歯切れの悪いレンターに代わって、肩を竦めるジンバルが説明を始めるが、いまいち変な話しぶりである。
顧問と言うことは、ある種の雇用関係にあると言う意味に取れるが、いくら貴族が王家に仕える立場と言っても、貴族家の奥を担当する伴侶や未成年の子供を雇用するのは良い話ではない。
……言い方が悪いな。
成人した子供でも、基本的には王宮への出仕義務はないと言うべきかもしれない。
国に仕えているのは、あくまでも貴族家の当主である。
もちろん、将来のコネ作りや仕事を引き継ぐ可能性から、貴族家の当主が子供に自分の仕事を手伝わせるのは良くあることだが。
それとて、あくまでも主導するのは貴族家の当主だ。
ましてや、貴族の妻が行政に関わるのはあり得ない。
……やるメリットがない。
むしろ、デメリットの方が多いだろう。
貴族となれば、人を雇うのは当然で彼らを監督し、当主が外向きの仕事に集中出来るように調整するのが夫人の仕事。
なのに監査役が外向きの仕事に就けば、内部へ向けられる視線が減るのは自然。
……まあ、これは一般的な貴族家の話だが。
「うちは良いが、貴族の奥方を出仕させる前例を作って良かったのか?」
我が辺境伯家は、俺が初代だから親族や縁者によるコネ採用がない。
上司、同僚、部下が互いに監視しあっている環境なのだ。
不正した人間がいれば、容赦なく当主である俺の元まで情報が届くだろう。
しかも、配下には俺が名を与えた霊狐や水霊がいる。
彼らが俺を裏切ることはあり得ないし、知覚能力が高い彼らの監視を掻い潜っての不正も難しいだろう。
だから、ユーリカが家の中を見張る必要性は皆無。
本来ならお茶会に参加する必要すらない。
貴族の夫人達が行うお茶会は情報収集の場で、そこでもっとも高い関心事となるのはやはり人事関連。
ダメ人間を下手に雇用して家を傾ければ、最悪の場合は離縁されて家を追い出されることもある。
茶会で情報収集をするのは当然と言うことらしい。
……俺自身も茶会がそんな重要な情報交換の場だとは知らなかったので、ユーリカに文句を言われたが。
「そんな怖いことはしませんよ!
私達がやったのはユーリカ夫人に伯爵位を授与しただけです!」
そんな立ち位置である夫人を、公の場に立たせて良いのか?
と訊ねれば、きっちりと否定される。
「……それも悪しき前例になりそうだが?」
「……まだコントロール出来るだけましですよ。
少なくとも、爵位の授与は宮中の複数部署が関わりますので……」
俺の追加の問い掛けに疲れた顔で応じるのはジンバル宰相。
その顔を見て、……あ、これいつもの"背に腹はかえられぬ"のパターンだと理解した。
「ユーリカ夫人。
いえ、今はイソヤ女伯爵ですね。
彼女が、今2つの観光施設を運営しているのはご存知ですよね?」
「……ああ。
俺も今日知ったばかりだが……」
「…………ですか」
素直に白状したのに疑いの目を向けてくる失礼な主従である。
「それは別に。
……良くはないですけど重要度はやや低いので置いておきます。
最大の問題は、観光設備への集客のために、辺境伯領と王都の境付近に、北から南への広い街道を拓こうとしたことです」
「……」
そう言われると俺も沈黙するしかない。
別に法に触れているわけではない。
辺境伯家の領内に道を造るのは、辺境伯家の権利であり、同時に義務である。
もちろん王宮への事前報告は必須だし、それが重要な街道になるなら、王宮からも資金援助がある。
……水晶街道もその類いだな。
だが、
「さすがに北部と南部を直通で結ばれては困ります。
王都から人を招きたいなら王都内を馬車で走ってもらいたいと考えたのですが……」
「それで爵位か?
しかし……」
王都の整備となれば、法衣貴族でなくてはならないが、法衣貴族が動くとなれば財源は国費。
辺境伯領にある観光施設のために、国が金を使うのは端から視れば不正にしか見えん。
「言いたいことは分かります。
……なので、新しい爵位区分を設定しました。
財閥貴族と言う名称区分です」
「……それは良いのか?」
……貴族夫人を働かせるよりも大事な気がするのだが?
そう思って訊ねてみた。
基本的にな話になるが……。
法衣貴族は国政に携わり、国から賃金を貰う。
領地貴族は自領を管理して、上納金を国に納める。
その2つの区分があるのに、3つ目を作ると言うのは問題ではないかと。
「まあ遅かれ早かれ、必要でしたので……」
「借金で首が回らない王様っているんですね……」
対する主従は、暗い顔で呟くように答える。
……まあ、ファーラシア王家に金がないのは事実だし、その原因の一部は俺だが。
「……さて、財閥貴族についてですが、簡単に言えば公共性の高い設備等を設置した者に、その管理維持を行って貰うことを主眼に置いた区分となります」
「……権力者と言うのは皆同じように考えるものなのかねぇ?」
「と言いますと?」
「俺達のいた世界でも、同じようなやり口で国を運営していた国があったんだよ」
郵便事業や鉄道事業の国営化が有名だろうか?
だが、
「うまく手綱を握らないと返って国庫の負担になるぞ?」
日本でも結局財政維持が難しくて、民営化していたしな。
「国庫の負担当然では?
公共事業とはそう言うものでしょうに?」
「……まあ、一理ある。
だが公共事業とは言え、それで国の借金が増えすぎれば、発行する貨幣の信用を損なう」
「「?」」
俺の言葉に、首を傾げる主従にサザーラントを貶める計略が、あっさり上手くいった理由を理解したのだった。
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