第398話 逃げる男
あの手この手で、ゼファートの元へ辿り着こうとしたスナップ。
最初はサザーラント神聖帝国宰相を名乗って堂々と、しかしそんな国はないと言われて街に入ることも出来ずに追い払われる。
次は流れの行商人の振りをしようとしたが、宿代にも困っているスナップには、売り込むための商品が仕入れることが出来ず、詐欺師を疑われて退散。
なりふり構っていられないスナップは、冒険者として功績を挙げようと言う暴挙に出る。
冷静な第三者が見れば無謀な愚か者に見えるだろうが、当人は至って真面目である。
ずっとサザーラント帝国で弱小貴族の出身者として生きてきたスナップには、サザーラントへ戻れないことは、死ぬのと同義と言っても過言ではなかった。
……他の生き方を知らないのだから。
しかし、
「元帝都の冒険者ですか……。
あちらでの活動履歴が証明出来る書類はありますか?」
「え?」
これまで顔を合わせていない門番を狙い、大昔に造ったギルドカードを片手に突撃したものの……。
街へ入るのを停められる。
それはこの世界では、考える人間もいなかった不可思議な質問。
冒険者が街へ入るのを留められると言う異常事態だが、
「……ああ。
伝達周知の時に帝都にいなかった人ですね?
ゼファート領では、サザーラントの帝都周辺にいた人は、例え冒険者であっても、街に入る時検査が必要になるんですよ。
彼処に小さい小屋があるでしょ?
あれがルター冒険者ギルドの出張所ですから、ギルドカードを更新してから、もう一度来てください」
手馴れた感じでギルドの出張所を案内する。
兵士の指先には、掘っ建て小屋に長蛇の列。
これはゼファートに逆らうのは怖いが、計画性皆無の冒険者を突き返して、途中で野垂れ死なれても困るギルド。
食い詰め徒党を組んで街を襲撃されたら困る警備隊。
2つの責任者がハーダルに掛け合い、彼がキリオン、キリオンがネミア経由でユーリスにと順繰りに掛け合った結果のある意味官製談合。
民主主義なら総辞職ものだが、王政国家では特段の問題にはならない。
結果的に利益も損害も負うのはゼファート=ユーリスなのだ。
まして、今回はサザーラント方面から来るスパイやテロリストの排除が目的であり、冒険者の身辺調査はその手段に過ぎない。
しかも、ギルドカード書き換え時に鑑定調査をするし、その書き換えに伴う責任はギルド自体が担う。
少しでも怪しい素振りがあれば、書き換えを拒否すれば良い。
不審点を見逃したなら、ギルドの失態。
故意に目を瞑ったなら、ギルドの敵対。
行政側はどちらに転んでも問題ないのだが……。
……その分、現場は必死である。
聞き取った来歴に少しでも矛盾があれば、徹底的に追及し、不審者排除に熱を上げている。
当然、1人1人に掛かる時間が膨大になり、書き換え審査は遅々として進まない。
故に食料に余裕のある人間は、一旦帝都に戻るのだが、帰りの糧食に不安がある者は、そうもいかずに空腹とストレスに耐えて、審査順が来るのを待ちわびる。
「…………」
門番から事情を聞いたスナップは、やむなく長蛇の列に並ぶ。
糧食の不安もあるが、ルターの街にすら入れずに、一旦戻った等と報告すれば、間違いなくバンダーに処刑される未来が見えている。
そして、……落ちた。
当然である。
ひ弱そうな外見で、明らかに古いギルドカードを出す人間が、護衛と思わしき者と一緒に審査である。
しかも、アイリーン側に付いた貴族の出身者を誰が迎え入れる者か。
むしろ、間者として捕らえられなかった分だけマシな話とスナップは考えるが……。
間者として捕縛されれば、情報を得るまで生かして貰える。
野垂れ死にの危険から遠ざかるのだから、スナップ個人にとっては、今よりマシなのだ。
まして、情報の重要性に疎い世界である。
専門の拷問官のような職業は発達しておらず、緩い尋問に終止している。
数日とは言え、食い繋げたチャンス。
それを理解せぬまま、スナップはサザーラント神聖帝国勢力圏の地方村を目指す。
地方の寒村で民衆に紛れる。それしか自分が生き残れる手段がないのだからと……。
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