第388話 黄色信号
「……と言う具合に、サザーラント帝国はゼファート領に吸収された以上、我が国の金貨は使えないと突っぱねられたのです。
このままでは仕入れも出来ず、商売が成り立ちません!
何卒、ご助力賜りたく」
玉座に座るバンダーに謁見を申し出た商人が、平伏して願い出る。
サウザンポートからの遷都より、御用商人として出入りを許されている大棚の主。
そんな商人でさえも、物を売って貰えない状況に困りきっている。
当然、
「ふざけた話だ!
売国奴の手下が!」
「ここは誰に喧嘩を売っているのか、見せ付けるべきでしょう!」
「……」
周囲で謁見に同席していた幹部の怒声に、バンダーはどう答えるかで頭を悩ませる。
「……そうですね。
ではミラン将軍とオルタ将軍にそれぞれ200の兵を貸し出しますので、ルターを攻め落としてきてください」
「何を……」
「そんな無茶な!」
沈黙中のバンダーに代わって、参謀スナップ・アッチが、無謀な指示を出して反発を買う。
しかし、
「確かに無謀ですが、現在我々が攻撃に使える兵はそれぐらいしかいないんですよ。
誰かさん達が、タナボタ周辺を制圧したせいで!」
「「……」」
制圧を言い出した本人でもある両将軍は、賢明にも沈黙を選択する。
故郷の連中を見返したいと勝手に動いて、旧ミルガーナ勢力圏を制圧下に置いた2人だが、平民も兵士も多くの者がマウントホーク領に移住した後だったタナボタ周辺は、物資の生産能力は極低な上に、徴兵出来るだけの人間もいない土地だったが、建物や水道等のユーティリティが残っていた。
そのままにすれば、犯罪者の根城になりかねないので、ただでさえ少ない兵を派遣する羽目になる。
かと言って、ミルガーナ勢が人民を連れて、堂々と去っていった地域を制圧してしまった以上は、バンダー達には管理する責任が発生している。
都合が悪かったと言って、奪って直ぐ土地を棄てれば、誰も従ってくれなくなる。
結果、バンダー勢が戦場に出せる兵力は千人弱まで急減している。
その状況で更に戦争を主張する2人が、周囲から白い目で見られるのも当然だが……。
「しかし、このままでは相手領への入国も難しくなるのも事実。
スナップ、出来るだけ早く国交を回復するように手を打て」
「……バンダー様?!」
そんなスナップにバンダーが無茶を振る。
サザーラント帝国内の下級貴族家で生まれ育ったスナップにとって、国交の無くなった国とどう交渉すれば良いかなどは考えたことすらない事態である。
「……畏れながら、入国が難しくなると言うのは?」
石化するスナップに代わって商人が訊ねる。
商人達にとって、他国へ入国出来ないのは命に関わる事態だから。
「そのままの意味だ。
国境を越える時に、国から発行された旅券を出すが、それはあくまでその旅券の人物を、発行国が認めていると言う信用により認められるだけだ。
今は逃げ遅れた人間を受け入れるために、サザーラント帝国の発行する旅券を有効としているだけだろう。
半月程度で、我が国の旅券は失効するとみた方が良い」
バンダーは、これでも名君の呼び名高きケーミル公爵の子息であり、その薫陶を受けて育った男でもある。
信用の重大さを肌で感じて育ってきているのだ。
アイリーン皇女に与した際も、まともな相手であれば、勝算があったから。
強いて言うなら、相手の性格の悪さを見誤った点で失態だが……。
「とにかく急げ!
半月で最低でも交渉の席に着かせるまでは進めろ!
でなければ、その首で責任を取って貰う!」
「た、直ちに取り掛かります!」
真っ青な顔で去っていくスナップを見送る。
ルター占拠後に、終戦交渉をして貰えると言う甘い考えを述べた責任は、スナップの肩に非常に重くのし掛かった。
「……打てる手はこれだけか。
何とかなれば良いのだが……」
「バンダー様?」
スナップに命じたものの、交渉が上手く行くイメージが沸かないバンダー。
思考に耽るバンダーを呼び戻す商人。
しかし、
「ああ。
まだいたのか。
我々にはどうにも出来んと聞いた時点で帰ると思っていたが?」
「本当に打つ手がないのでしょうか?
このままでは我々は……」
「お前の商会処の話ではない。
サザーラント神聖帝国そのものが成り立たないかもしれない大事だ。
取引を断られた事実報告は有り難いがな」
これまでの話を聞いていたのに、まだどうにかなると思い込んでいる商人に呆れた返事を返すバンダー。
ゼファート領と交易が出来なければ、内陸への道が完全に塞がれることになる。
南大陸との交易が命綱だが、海を隔てての交易だけに、船の手配だけでも莫大なコストが発生する。
当然、それに見合う利益がなければ、南大陸の国々も交易から手を引く可能性が高いのだ。
ではサザーラント領内で、南大陸の国々が欲しがる品物があるか?
……否である。
南大陸の求めるのは、基本的にダンジョン産のアイテム。
ダンジョンが少ないサザーラントでは、乏しい資源なのだ。
「とにかく、ゼファートとの国交に全てが懸かっている。
早急に成立させなければ!」
自分でも不可能に近いと思いながら、声を上げてその理性を否定するバンダーであった。
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