第380話 女帝の矜持
自らの敗北を悟ったサザーラント帝国皇帝ミルガーナは、罪人としてマウントホーク辺境伯の元へ向かう。
長女アイリーンが新皇帝を僭称し、次女ベリアがゼファート竜の配下となったと聞けば、もはや自身の求心力は風前の灯に過ぎない。
ならば、交渉で勢いを見せ付けて、少しでも多くの臣民を救うことこそ、残された役割と考えたのだが、マウントホーク家からの使者は、それをお見通しとばかりに高圧的な態度に終始する。
これをそちらの目論みは看破していると言う、言外のメッセージと受け取ったミルガーナは、もはや潔く自らの首を捧げて、少しでも多くの臣民の助命を嘆願するべきと判断したのだった。
怖れていた配下の暴走もなく、静かにダンペーイへ護送されたミルガーナを待っていたのは、黒い髪の少女であった……。
「初めましてで良いかしら? サザーラント皇帝ミルガーナ。
私の名前はミフィア。
ユーリスの盟友ゼファートの妹と言う方が分かり易い?」
にこやかに笑い掛けてくる少女の名前は、首都を逐われた皇帝にも届くほど、大陸に響いている。
曰く、無邪気な暴君であると。
「初めまして、サザーラントにて皇帝を務めている女でございます。
あなた様がミフィア様とは……。
死出の旅路の良い思い出になりそうです。
しかし、何故あなた様が?
ここはマウントホーク辺境伯殿の本陣では?」
軽く頭を下げて挨拶をする。
敗残の将としての誠意有る対応を見せるために……。
ざわめく家臣達の声を気にしつつ、いくら盟友の妹とは言え、この軍の中では部外者に過ぎないはずだと訊ねる。
既に死ぬ覚悟を決めているミルガーナは、真竜の機嫌を取ろうとも考えていない。
「あっさりと降ってきたからよ。
そんな人間をユーリスに会わせるわけにはいかないわ」
「我々が騙し討ちをするとでも?」
策略を疑われたのかと勘繰るミルガーナだが、その言葉を聞いたミフィアは笑みを深める。
「それなら有り難いわね。
あなた達を返り討ちにして、サザーラント帝国との戦争は好きなタイミングで止められるのだもの。
そもそも私や兄と同等の戦闘能力を持つユーリスを、騙し討ち程度で倒せるの?」
「え?……。
……ああぁぁ!」
ミフィアの指摘に含まれる意味を悟ったミルガーナは、それが実際に起こるはずだった恐怖に、両手で顔を覆って声を絞り出す。
それはゼファートやマウントホークには、サザーラントを完全に支配下に置く気がないと言う事実を突き付ける。
旧統治者を排除しながら、その土地を要らないとばかりに放り投げる。
ミルガーナ達には想像も出来なかった行い。
侵略戦争をすると言うことは、その土地も人も財も引っ括めて、手に入れるための行動だと思っていたミルガーナ以下サザーラント貴族達。
だが、ミフィアは欲しいものだけを奪い取って、残りは捨て置くと言外に示したのだ。
そして、ミフィアいやその背後にいるマウントホークが、望むのは人だけ。
ならば、目端の効く人間はマウントホークに移住することで救われるが……。
「バカは要らない。
勝手に死ねと……」
「知らないわよ。
再三の救いの手を、自ら払い除けたのよ?
ならば後から助けてと言った所で誰が助けるの?」
ミフィアは、ミルガーナの推測を正解だと答える。
それはまともな統治者がいない土地に残った人間が、地獄を迎えることを理解した上での冷徹な判断。
その状況で、目の前の少女が言った内容。
今の状況は、マウントホーク辺境伯からの最後のチャンスだと理解してしまう。
「あ、ありがとうございます。
その御慈悲に感謝いたします」
ミルガーナは気付けば平伏していた。
仮に逆の立場なら、自分は彼らのような手間は掛けないと自覚しているから。
「礼は受け取らないわ。
お前は、これから自分の命を助けるために、臣民をマウントホークに売る悪女になるのだから、そんな人間に礼を言われるのは心外よ!」
同時に、"民を助けるために命懸けでマウントホーク辺境伯を欺くバカになる"と言うこと。
しかし、互いにそれを口にしない。
自分に付いてきてくれた人間を、1人でも多く救えるミルガーナと、より多くの従順な労働力を得られるマウントホーク。
互いに利害が一致しているなら敢えて壊すバカはいないのだった。
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