第379話 アンディ・コナターの悩み

「無礼であろう!!」


 目前の女性から厳しい叱責の声が放たれる。

 アンディ・コナターは、それを身を強ばらせながらも、じっと耐えて見据える。

 何でこうなった?! と悩みながら……。





 アンディの実家、コナター家は元はゼイム王国で法衣子爵を担う家柄であった。

 その王国もサザーラント帝国の侵攻を受けた折、国王バロックが勇退し、守護竜ゼファートの下に付くと言うことを決めたので滅亡。

 バロック王は巫爵と呼ばれる大公相当の地位へ引き下がり、コナター家も爵位を失って、ゼイム巫爵家の陪臣に身を落とした。

 貴族から準貴族への格下げだが、同時に格式を重んじる各種のパーティー等も不要になり、法衣貴族の大半は歓迎していた。


 特にアンディは、コナター家に出入りしていた商人の娘と、互いに憎からず思っており、法衣子爵家の跡取りではなくなったので、彼女を嫁に出来ると喜んだ。

 ……爵位を無くしたあんたに興味はない! と手厳しく振られたが。


 そんなアンディに急展開が訪れたのは、ゼイム王国が巫爵に代わって、2年目の春のことだった。

 巫爵直々に呼び出されて、


「先日、ミフィア様が我が領を訪ねられた折に、そなたに見処有りと判断された。

 ミフィア様はゼファート様の元に出仕を願われた。

 だが、現時点でもキリオン以下多くの人間が入っているあちらに、そなたを送るよりもマウントホーク辺境伯家に縁を結ぶ方を優先したいとこちらから懇願し、それを受け入れてもらえた。

 明日にも身支度を整えて、ニューゲート領に迎うように!」


 と言う命令を受けたのだ。

 アンディとしては訳が分からず、首を傾げるばかりの話だった。

 詳しく訊ねれば、謁見の間でのベリア皇女とのやり取りの際に、憤った表情の若者が多い中で自分だけが笑っていたと言う話。

 それを出されては真実を言うわけにもいかず、了承してその場を凌ぐ。




「……本当に状況を理解していたのか?」


 夜、身支度を整えていた折に父親がやって来て訊ねたので、やっと本音が話せると安堵した。

 父の執り成しでどうにかなるかもと期待して、


「……あの時はトイレを我慢していたんだ。

 笑う処か、まともにやり取りも聞いちゃいない!

 親父! どうにかしてくれよ!」


 とぶちまけたが、


「……無理だな。

 巫爵様のご意向であれば、内々に処理できるかもしれんが、これはミフィア様のご依頼だ。

 巫爵様に恥を掛かせることになる。

 私とお前の首程度では済まん」

「え?」

「当然だろ!

 バカな行為で主君に恥を掛かせるんだ。

 最低でもコナター家の断絶。

 妹達は賠償金代わりに、娼館へ売られることになるだろう」


 コナター家が、巫爵家にそれくらいの詫びをいれないと、周囲に示しが付かないと言う最低ラインは、アンディが考えるよりもずっと高い。


「ど、どうすれば!!」

「落ち着け!

 少なくともマウントホーク家へ出仕するのは絶対だ。

 その上で、バロック様はお前にニューゲート領に赴けと命じたのだろう?

 ならば、サザーラントとの交渉役か、軍の調整役を望まれていると言うことだ。

 新参のお前に軍の調整役を任せるとも思えん。

 ……良いか?

 サザーラントとの交渉では出来るだけ高圧的に接しろ。

 そうすれば、閑職に追いやられて終わりになるが、ミフィア様の手前、排除も出来んはずだ。

 これはチャンスでもあるんだからしっかりやれ!」


 元子爵の狙いは、小さい村の代官程度の閑職。

 それでもマウントホークとの縁を求める人間が山ほどやって来るのが、今の辺境伯家の立ち位置なのだ。

 降って沸いたチャンスを頼りない息子に託すのも不安だが、背に腹は変えられぬと策を授ける。


「でも相手が逆上したら……」

「あり得ん。

 お前に危害を加えると言うことはマウントホークに敵対すると言うことだ。

 安心しろ。

 それよりも辺境伯家の言葉には、二つ返事で従え、お前の肩には家族全員の命が掛かっているからな!」


 と、結局父親からは多大なプレッシャーを掛けられて送り出された。







 その後は、いきなりミルガーナ帝に降伏勧告を行う使者に選ばれて、元大国の女帝を前に内心汗を掻きながら、父の支持通りに振る舞う。

 ……本当に大丈夫なのかよ?

 と愚痴りながら……。


「これでも萎縮せんとはな……。

 マウントホーク辺境伯とやらには、全てお見通しか……」


 そんなアンディを余所に、目前のミルガーナ帝は1人納得の表情を浮かべる。


「私に縄を掛けよ。

 国同士の約定を破った罪人として、マウントホーク卿に会いに行く!」

「……はっ。

 お供致します」


 そして、アンディの態度を深読みした女帝は、自らの負けを認めて降伏する。


「「「我らもお連れください」」」


 彼女と共に行動することを選んだ臣下と共に。

 こうして、アンディはミルガーナ帝が拠点としていた交易都市タナボタを無血占拠してしまう。

 多大な功績を挙げてしまったアンディが、頭を抱えていたが、誰もがその理由に思い至らず。

 周囲の人間は、首を傾げるばかりだった。

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