第375話 レンターの恨み節
「……と、まあそんな具合で急展開に次ぐ急展開だわ。
本当にどうなってるんだろ?」
ファーゼルからラーセンまでロティと共に飛んできた俺は、一旦王都別邸から使者を出して、首脳陣を内密に集めさせる。
いつものように直接乗り込んで、問答無用でかき集めた方が早いのだが、事態の急変具合が凄まじいので、正しい手順を踏んだ。
夕方になり、準備完了の連絡を受けた俺は、ミフィアの姿で王城に乗り込み、レンターとジンバルに加え三実務卿を前に、ルシーラ出立から今日までの流れを説明して今に至る。
「何と言うか……。
トラブルに愛されていますね……」
「そんな愛情は欲していない。
それよりもだ。
今回の一件は、ファーラシア本国は手出し無用で頼む」
レンターの呆れ混じりな表現にはっきりと断言してから、こちら側の要望を伝える。
元より、
「……余裕がありませんからな。
ただでさえ、マーキル王国との戦争と、その後処理で人材も財源も足りていない。
その状況下で守護竜領を挟んで、本国と遠く離れた土地を治める等、宰相として看過出来ません」
「だろうな」
さすがに宰相をしているジンバルは、サザーラント侵攻の無謀さを弁えている。
「軍部としても、派兵の意思はない。
警備兵の登用が間に合わず、近隣諸侯から兵を借りている状況で、派遣する兵士を何処から捻出すると言うのだ?
確認するまでもないと思うが?」
「いえ、我々はむしろ派兵を望みます。
旧マーキル軍人の受け皿が欲しい」
軍務卿も派兵反対派なのに対して、内務卿が反発をする。
意外な印象を受けるが、ある意味妥当でもあるのか?
「それは困る。
軍部の予算が、どれだけあっても足らなくなるだろうに!」
「それに出来るだけ帰農させたい。
生産者よりも消費者が増えるのは、国としては問題だ」
守護竜領の南に領土が広がれば、管理コストが増える軍部や食糧自給率を気にする宰相。
「兵士として生活していた人間を、上手く帰農させるのは容易ではありません。
大規模な山賊団でも結成されれば、国内の流通網に支障が出るではありませんか!」
対して、国内の治安維持を優先したい内務卿が好戦派になるのが自然だった。
「それはそうだが……。
外務卿はどう考える?」
「私は今件に関しては中立です。
サウザンポートに外交官を配置させてもらえれば、南大陸とのやり取りは困りませんし、サザーラントと交易することもないので、王国領を得る必要は感じていない。
しかし、内務卿の言うような流通網の破断は、各地へ赴く外交部としては好ましくもない」
「消極的だが、好戦派と言うことかね?」
沈黙していた外務卿に、ジンバルが水を向けると消極的だが、派兵側と思われる発言が為される。
「中立ですよ。
仮に王国から軍を出すとして、旧マーキル軍人が参戦する可能性は低い。
それよりは各貴族家に依頼して、警備兵の増員を掛けてもらうだけの話だと思います」
「……サザーラントは遠いしな」
苦笑気味の外務卿に、移動したことのある人間として返す。
一旗揚げたいとかの向上心がある人間は、軍人の椅子にしがみ着くこともなく、さっさとダンジョンにでも潜っていることだろう。
俺も未練がましく旧マーキル兵でいる連中が、遠くの地で起きている戦争に参戦するとは思えない。
「ううーん。
となると内務卿だけだね……」
「しかし!」
「分かっているよ。
先生の所に引き取ってもらうことは出来ませんか?」
様子を伺っていたレンターの言葉に反発しようとした内務卿だったが、続く言葉で抑えられる。
「こっちに振るなと言いたいが、こちらも軍人が山ほど欲しいのも事実だしな。
徴兵を掛けるように手配しよう」
今回のマウントホーク軍の行動は、仮設拠点を移動しながら、難民を回収していく作戦。
かなりの動員を必要とするが、受け入れた難民に敵のテロリストがいないとも限らないので、本領にも大勢の兵士を配備したい。
後は、戦後の兵士の身の振り方だが、造った街の数だけ警備兵はいるので問題ないはず。
「……でしたら我々が言うことはありません」
「となると後は……」
「ベリアの婿だな。
良い宛はないか?」
内務卿が納得したようなので、ジンバルに続けて訊ねるが、
「難しいですね。
実家にそれ相応の権力と武力が有って、誠実でありながら流されない判断力と、謀略を行えるだけの資質。
……いないのでは?」
ジンバルが条件を挙げて首を横に振る。
「さすがそこまで高望みはしない。
ハーダル伯爵が味方をしてくれるので、実家の実力は平均的な侯爵以上で良い。
本人の資質だけが問題だ」
実家も含めたら、完璧超人を探す羽目になるので、本人の能力だけで良いと妥協するが、
「基本的にですがね……。
そんな優秀な人間がいれば自分の家の跡取りに据えるに決まっているじゃないですか」
「……そうだな。
レギアンの所の次男はどうなのだ?」
ジンバルの言葉に賛同した軍務卿が、外務卿に訊ねるが、
「うちは法衣の伯爵家だぞ?
幾らなんでも荷が重すぎる」
……そう言えば、実務卿達は元々さほど高い地位の貴族家出身者ではなかったな。
「ランタラン侯爵家の養子に入れれば良いのでは?」
「そうだな。
外務卿の実子でランタラン侯爵家の養子なら、心強い」
「ちょっと待ってください!
宰相殿がその気なら言わせていただきますよ!」
内務卿の提案に賛同した外務卿が慌てて、ジンバルに言い募り、
「うちの次男はマナ嬢と手紙のやり取りをしており、上手く行ったらジンバル侯爵家から婿入りの方針でした!」
「「はあ?!!」」
カミングアウトした。
それには、俺とレンターの声がハモる。
「どういうことだ!」
「お、落ち着いてください!
……外務閥の貴族として、お嬢様と情報提供を兼ねた文通をしているだけですよ!」
襟首を掴んで締め上げる俺に、さっさと打ち明ける外務卿。
「……チッ。
そういうことなら文句は言えん」
「はへぇ……、はへぇ……」
真っ当な理由に舌打ちして、手を離す俺と必死に呼吸する外務卿とは対照的に、
「……詳しく教えてもらいましょうか?」
「ええと、それはですな……。
あのぅ……」
低く恫喝するレンターの恨みにも似た声にしどろもどろのジンバル。
……まあ、宰相としてマナとの中を応援しているはずの、ジンバルに裏切られたと感じてもしょうがない。
「……王国としては、レンター陛下と結ばれて王妃になっていただくのが1番です。
しかし、ユーリス卿はマナ嬢の感情を最優先すると公言されているでしょう?
マウントホーク家の権勢を考えれば、地方の領地貴族や他国の王族を婿に迎えるのは、是が非でも妨害したい。
そんな折に、マナ嬢から外務卿へ各地の情勢を学びたいと言う話がありまして……」
「……」
年末の様子を見ても、マナは真面目に辺境伯をやる気なんだなとは思っていたが、そこまでしっかりしていたとは……。
「……しかし、それでは」
「……あくまでも第二の矢です。
マルクには、陛下とマナ嬢が婚姻したらお役御免だと言ってありますし、その場合の婿入り先も準備が進んでいますので……」
言い募ろうとするレンターに、対して被せるように問題ないと言い切る外務卿。
宰相や実務卿となると大変だな。
……多分、婿入り先はジンバル侯爵家の縁者だろうし。
「他人事のような目で眺めていますけど、ユーリス卿がマナ嬢に陛下に嫁げと命じてくだされば全て解決するのですが?」
主従の迂遠なやり取りを遠い目で眺めていたら、こっちに飛び火してきた。
「嫌だよ。
マナが幸せに為れるように地位を上げてきたんだぞ?
それでマナに不本意な結婚を命じたら、本末転倒も甚だしい」
それこそ俺の個人的な我儘である。
しかし、譲る気はない。
それに、
「……努力して得たものの方が大事にするだろ?」
「……」
「で? 本音は?」
「娘を取られて堪るか!」
「だと思ったよ」
それらしく言って、レンターを沈黙させたが、ジンバルには通用しないので、はっきりと答える。
疲れた表情のジンバルに代わって、
「先生……」
恨みがましいレンターの声が実に心地よい!
「とにかく、ベリアの婿探しはそちらに頼む」
「……まあ、見返りも大きいからな」
改めて婿探しを依頼すれば、渋々ながら引受けを約束するジンバル。
これで守護竜側の対応は終わり、後は辺境伯としての行動だが、……本当に忙しい。
マジで身体が2つ欲しいと思う今日この頃である。
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