第372話 バロックとの打ち合わせ

 誘拐未遂事件の翌朝。

 早々に俺は、竜化してベリア皇女を手の平に乗せて、ゼイム領都へ移動する。

 元ゼイム王国の首都でもあるだけに、迎賓館と謁見の間を備えた城があるので、そこを間借りしてベリア皇女との謁見を開く形を取ることになるのだが、俺とベリア皇女が出会ってから、これまでの間に守護竜領とはまともにやり取りをしていない。


 つまり、その帳尻合わせに現場の人間は、てんやわんやの大騒ぎとなるのが自然で……。

 特にゼイム巫爵となったバロックは、中庭に降り立った俺にティータイムを邪魔された挙げ句、部下からもっと早く連絡が欲しかったと、あれこれ問い詰められて四苦八苦。

 その騒動は夜まで続き、やっと落ち着いたバロックが俺の元を訪れたのは、俺達が着いた翌日の早朝であった。


「本当に勘弁してください」


 用事があるからとベリア皇女を迎賓館へ押し込めた俺は、ゼファート状態で元王族エリアの部屋に泊まったのだが、そこへ訪ねてきたバロックの第一声は、赦しを乞う言葉であった。


「いや、不可抗力だし……」


 そんなバロックに対して、俺はそれしか返す言葉を持たない。

 ベリア皇女やハーダル伯爵には、既にゼファートとマウントホークに通達済みのような態度を取ったが、ルシーラ王国へ入る直前に、アイリーン軍の強襲を返り討ちにした辺りからは、ひたすらアドリブの連続である。

 第一、


「タンバリン経由で、サザーラント帝国の動きは知っていただろう?」


 ネミアを推薦した元ゼイム王国伯爵が、トルシェと繋がっているのは確定だろう。


「確かにトージェン様からサザーラント帝国の動向は伺っておりますが、ハーダル領周辺には密偵が居らず、情報不足となっておりました。

 ベリア皇女があのような所に潜伏していたとは……」

「……」


 まさか、王族にまでトルシェの手先が混ざっていたとは……。


「……いかがいたしました?」

「……バロックがトージェンの配下だとは思わなかった」

「……あ」


 ……素で自爆したのか。

 あまりにわざとらしかったので、故意に情報を漏らしたとばかり思ったんだが?


「……我が家とタンバリン家は、元々ビジームの富豪を祖としている同じ家になるのです。

 その家もトージェン様に情報を提供する代わりに、各地の過不足品情報を賜ることで大きくなった家柄と伺っております」

「……まあ、トルシェの得意分野だよな」


 観念して話し出した内容は、正確且つ迅速な情報網を得る代償として、配下に収まったある一族の台頭に関する情報であった。

 確かにタンバリンとゼイム王家が同族の情報があれば、あっさり追える程度の話だなと思う。


「……我が先祖は、ギュリット王国の衰退と共に発生した難民の保護を行う内に、多くの仲間を養うようになり、ギュリット王族を保護したファーラシア王国とギュリット王族引渡しを望んだサザーラント帝国の関係悪化に際し、境界線上の緩衝地帯に王国を築いたと伝えられております」

「……どうせ、両国の上層部に密偵を紛れさせていたトルシェの思惑通りだろう?」


 いくら双方の緩衝地帯と言っても、両者に比べて、圧倒的に小さな第三勢力が土地を奪い取れるとも思えないので、ゼイム王国建国はトルシェに誘導されたものと思われる。

 下手するとギュリット衰退もトルシェの策謀……。

 ……さすがにそれはないか。

 ギュリット王族を傀儡にして、旧ギュリット領を支配下にくらいだと思う。


「推測の域ではございますが……。

 トージェン様は亜人種に関わるのを嫌っている節がありますので……」

「ああ。

 緩衝地帯にエルフやドワーフが入り込むのが嫌だったんだな?」


 ゼイム領はイグダードと隣接しているし、レッドサンドとも近い。

 エルフやドワーフは、両方とも内向的な種族で他の地へ侵略とかはあまりしないと思うが、可能性は消しておきたかったのだろう。


「おそらくは……」

「……トルシェは相変わらず未知を嫌うなぁ」

「未知でございますか?」

「ああ。

 亜人は古代人が造った人造種族なんだがな。

 その時に、脳味噌にしっかりとプロテクトがしてあるから、トルシェでも思考を読むことが出来ない。

 ……だから怖い」


 ……トルシェは重度の対人恐怖症だからな。

 何かを介してなら、相手の思考にこっそり接続して、情報を得ながら話せるから大丈夫なのだが、その余裕がないとてんでダメ。

 モニター越しでさえ、心理の読めない亜人は天敵だろう。


「……意外です。

 トージェン様に苦手なものがあったとは……」

「うちの妹達は、あれで結構な残念娘達だぞ?」


 客観的に観れば一番残念なのが自分の前世だが、それは脇に置く。


「はあ……」

「まあ、能力だけはあるがな。

 ……さて、忙しい所にすまないが、今後の行動についてだ」

「今日の昼に謁見を行うことが出来ますので、その後と言うことですね?」


 自分達が生まれる前から、一族の支配者だった相手を残念呼ばわりされても困るかと、本題に移ると謁見の行える時間を報告してくる所から、バロックもその先を既に想定していると伺える。


「ああ。

 ベリア皇女を次期巫爵だと大々的に御披露目して、ゼイム巫爵軍を中心とした兵士を貸し出す。

 ……名目上はな。

 実権はバロックが信頼する武官と政務官に任せるが、第一目標はミンパニア領の死守とする」

「……防衛戦のみでよろしいので?」


 バロックが本当に大丈夫かを確認してくるが、問題ないと言うよりは、


「ゼイム巫爵領は、キリオンの下に異動した官僚が多いから、余裕もあまりないだろ?

 それに実質ゼイム軍と言っても、手柄を挙げればその功績はベリア皇女の物になる。

 彼女には、手柄を与えるべきではない」

「確かに、功績が付けば付くほどその後の統治にて口を挟む権利が高まりますね。

 ……ゼファート様は、ベリア皇女は頼りないと判断されましたか」

「ああ」


 バロックの問い掛けにはっきりと答える。

 為政者の心構えを考えるきっかけを与えて、それを発揮する機会を与えないと言うのも、残酷な話だが思惑通りに育つかどうかも分からないベリア皇女を、戦力として数えるのは愚策。

 彼女の教育に、余分なコストが掛かっているわけでもないので、それで十分なのだ。


「……我々が防衛戦力となれば、第三陣を手配する腹積もりでしょうか?」

「そうなるな。

 ジャックが率いるゼファート守護竜軍が出ることになる。

 この戦争で功績を挙げたら、方面軍の将軍職も視野に入れると情報を漏らしても良い」


 ボーク巫爵家の当主弟とは言え、ジャックに大軍を指揮した経験はないはずだし、頼りになるのは元ゼイム王国の将軍達だと思う。

 彼らにやりがいを与えて戦功を作らせる。


「……椅子の数は3つ。

 早い者勝ちですか?」

「もちろん。

 だが、守護竜軍が国土防衛を主体としている点を加味する」


 方面軍の将軍は、東側のビジーム方面と南側のサザーラント方面に、他の亜人勢力と接する西側の3つ。

 だが、戦うことしかないバカをトップに据える気はないので、兵站や統治に見識があることを重視すると明言する。


「……それらが漏れても?」

「もちろん大丈夫。

 元将軍達の得意分野だろ?」


 平時の軍で出世してきた連中に取っては、当たり前に出来なくてはならない分野だ。

 これで守護竜軍が抱える問題も緩和できるだろう。


「……ジャックにも言い聞かせるが、こちらの最終目標は"ルター"だ。

 それ以上に攻め込むことは厳禁だぞ?」

「分かりますとも。

 アイリーン派閥をサザーラント国民の不満の捌け口に利用するのですね?」


 さすが元国王。

 サザーラント完全征服のリスクに気付いている。

 完全征服すれば、国民全ての保護に責任が発生するからな。

 広く浅く手当てをしなくてはならないが、戦後の復興期に、従来のサザーラント帝国が施していただけの行政サービスは不可能なので、不満が溜まるだろう。

 そうなれば、反乱の原因にもなりかねない。

 ……自分達で敵を強くする愚策だ。

 それよりも、荒廃したサザーラント帝国との対比で、守護竜領は恵まれていると思わせた方が良いに決まっている。

 サザーラント帝国側の人間も徐々に移り住んで来ることだろうが生き地獄を経験した人間なら、より高い生産性を発揮してくれる可能性もある。


「それで、今回の目的であるゼファートの風評被害緩和が達成出来るはずだしな。

 ……ただ、相手の行動が不気味だ。

 ハーダル伯爵家への行動を見るに、相当な切れ者がいるのだと思うが、何故、このようなタイミングで俺達にまで攻撃してきたんだろう?

 それが読めない。

 わざと自分の首を絞めているような違和感がある。

 トルシェからは何か聞いていないか?」


 ハーダルの密偵を炙り出すなら、マウントホーク家を攻撃する、と言うのはブラフで良い。

 本当に攻撃しなければ、マウントホークが大々的に軍を出す口実はなく、少数部隊による移民募集くらいしか出来なかった。

 ゼファート側によるハーダル伯爵への援軍ももっと遅くなる。


「……確かに。

 丸でわざと兵士を消耗しているような違和感があります」

「終戦交渉を破断しておいて?

 これからより大きな大戦になるのは分かりきっているのに?」

「ですよね……。

 実に不思議です」

「更にファーラシア方面との国交断交だぞ?

 終戦条約不履行なら悪いレートながら、貿易もしてやるが、現状ではそれもあり得ない。

 サザーラントの発行する貨幣は中央大陸では、ゴミになるのが決まっているようなものだ」


 サザーラント帝国が内陸と取引をするなら、確実にファーラシア王国を通らないとならない。

 そこで為替が拒否されたら、事実上サザーラント帝国は陸の孤島となるのだ。


「そうですね。

 我々は今回の戦争で、ルシーラとの取引が可能となり、南大陸との交易が可能ですが……」

「……まあ、ベリア皇女には話さないように。

 さすがに元自国民が、大量に飢え死にするかもしれないと言うのは聞きたくない情報だろう」

「ええ。

 ……それでは昼食後に謁見の手配を整えます。

 ご準備ください」

「分かった。

 こちら側の手筈は頼む」


 俺の方は謁見終了直後にミフィア状態で、ファーゼル領に飛び、守護竜領軍の手配を指示、その後はドラグネアでシュールと調整して、ニューゲート領にてマウントホーク軍と合流して進軍開始だからな。

 バロックと次に会うのも相当先の話になる予定だ。


「たまわりました。

 ではそのように差配します」


 一礼して部屋を出ていくバロックを見送り、俺は地図を見ながら、飛行ルートを思案するのだった。

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