第371話 我儘とは
「まさか、あのロンダルが……」
駆け付けた従士達と共に帰還した俺とベリア皇女は、就寝中のハーダル伯爵を叩き起こして事情を説明すると、伯爵は顔に手を当てて嘆く。
起き抜けに腹心の本性を聞かされた伯爵としては堪ったものではないだろうが、その男によって売り飛ばされ掛けたベリア皇女の前で見せる姿ではない。
「……何をしているの?
あなたの人を見る目がなかったせいで、殺されていたかもしれない皇女がいるのよ?」
「は!
も、申し訳ございません!
まさかこのような事態になるとは!」
その事を指摘すると慌てて、ベリア皇女へ土下座するハーダル伯爵。
「いえ、まさか私もロンダル従士長があのような方とは……。
私にも責任がありますわ」
直ぐにその謝罪を受け取るベリア皇女。
一瞬こっちへ視線を向けてきたので、小さく頷く。
「ありがとうございます」
そう言って顔を上げるハーダル伯爵に、不穏な感情は見受けられない。
さすがに、今回の騒動がハーダルの思惑通りと言うことはなさそうで少し安心した。
どうも最近、俺より異様に頭の切れる策謀家と、信じられないバカ野郎の両極端な人間を続けて相手にしていたので、妙に勘ぐってしまっていた。
この分ならベリア皇女に、ハーダルの謝罪は保留せずに直ぐ様、赦すよう指示する必要もなかった。
「さて、ロンダルとその仲間が排除出来たとは言え、人身売買を完全に根絶出来た保証はないわ。
ましてや、戦火を逃れようとする人間が、この地で捕らえられて他所に売られるような事態は絶対に起こしてはならない。
その村を見付け出して根絶しなさい」
「しかし、人手が……」
「分かっている。
予定外だけど、ニューゲートやゼイムからも人を派遣させるし、ユーリスから獣人族の配下も借り受けるわ」
ミンパニア侵攻に加えて、人身売買組織壊滅となれば、相当な人手が掛かるのは間違いない。
唯一の救いは、
「間違いなく組織に加担していた人間で、しかも少女を捕らえられたのは幸いね。
出来るだけ痛々しい姿で、ぼろ布を着せて周辺の村を巡回させなさい。
もしも、あの娘を助けようとする人間がいるなら、その人間の村は包囲殲滅よ」
偽名を名乗っていたロンダルが、本当の出身地を申告しているとも思えない。
関係ない村を襲おうものなら、悪評待ったなしだ。
「待ってください!
捕らえたのは十五にも満たない少女ですよ!
善悪の分別もないかもしれません。
それをそのような無体な……」
……またか。
「ベリア。
いい加減にしてくれない?
昼もそうだけど、あなたの我儘に付き合うほど私達は暇じゃないのよ?」
「わ、我儘……」
あまりに想定外の言葉に絶句しているようだが、今のこの皇女はそれで赦される立場ではない。
「我儘じゃないなら何よ?
戯れ言? 寝言?
休み休み言え!」
「ミフィア様!
お怒りはごもっともでしょうが、ここは私が全ての責を負いますので、何卒!」
俺がヒートアップしそうな気配を感じたハーダル伯爵が止めにくる。
一番被害を被るはずのハーダルが、良いと言うならここで収めても良いかもしれない。
だが、
「……連中に売り飛ばされた被害者の前でも同じことが言えるの?
あの少女は、人身売買が悪いことだと知らずに加担しているかもしれない。
だけどね!
まともに教育を施されてもいない末端村の田舎者なら、下手をすると成人した大人でも、人身売買が悪いと言う分別なんて出来ていないかもしれないじゃない。
それらを知らないからと全員赦すなら、誰が責任を取るのよ!」
ベリア皇女がゼファートの下に付くなら、彼女の教育は俺の仕事でもあるので、そちら方面にシフトして続ける。
「それは……」
「……教えなかった為政者の責任です。
ですから、これが幼い少女でもこれほどの罰を受ける大罪だと、今回教育を行うのです」
口篭るベリア皇女にハーダル伯爵が助け船を出す。
こちらの意図が、叱責から教育に変わったと察している辺り、有能な補佐役になりそうである。
「そうね。
少なくともゼファート領内ではそれほどの懲罰を受ける大罪だと知らしめるわ。
過失だろうと故意だろうと関係ない。
それで?
あなたはまだ目先の、"哀れに見えるだけの悪党"を助けるの?
どうやって?」
「……」
沈黙し、必死に考えるベリア皇女。
この様子なら、少なくとも今後、無責任な我儘を言うことは減り、少なからず吟味してから発言するようにはなるだろう。
……後は宿題だな。
「……今はこれで終わりにしてあげる。
だけど、自分が納得出来る答えを見付けなさい。
そして、その答えを実現出来るような実力を身に付けなさい。
でなければ、ただの我儘と言う評価は覆らないわ」
もしかしたら、ベリア皇女が我々大人では思い付かないような良い答えを出すかもしれない。
だからこそ腐らずに努力すると言う選択肢を与える。
「……さて、ハーダル伯爵。
後の手筈は任せるけど、人身売買だけは確実に潰しておきなさいよ?」
「はい!」
言外に、失敗したら命がないぞ? と言う脅しを掛ければきっちりと返事が返ってくる。
伝わっているようで何よりだ。
念のため、豊姫の配下で手の空いている霊狐がいないか確認しておこう。
ビジーム方面にも調査が必要となると、ロイド・ジューナスの伝手を頼る必要もある。
……一度、ドラグネアに戻らないとダメだな。
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