第346話 穏やかな日々
筆頭の家臣であるシュールの結婚に際し、ドラグネア周辺は穏やかな空気に満ちていた。
家宰の結婚となれば、かなりの慶事と言うべき状況だけに、問題を起こすヤツは辺境伯家に喧嘩を売ったとして、一族郎党根絶やしにされても不思議じゃないのだ。
普段、マウントホークを嫌っている連中でも、この時期に動けば危険だと言う認識くらいはあるだろう。
……面目を潰されたら、戦争をするしかないのだ。
「……時期的に見ても、このまま年末に突入かな?」
「そうね。
けど、来年は忙しいわよ?
前半はサザーラント。後半は領内の『魔物の領域』解放でしょ?」
「……面倒だがな」
書類を見ながらのんびりと呟く俺に、執務室のソファーで寛ぐユーリカが、釘を差してくる。
「たぶん、辺境伯と守護竜と言う二足のわらじが1番の問題なんだよな……。
片方だけでも下ろせれば楽になるんだが?」
どちらも地位が高過ぎるのだ。
それぞれが王に匹敵する権威を持っているのだから、仕事の責任が重いのは当然。
……守護竜の方はお飾りの地位のはずだったんだがな。
「どうやってよ?」
「例えば、辺境伯が不慮の事故で生死不明になる。
……無理だな。
下手に偽物が現れたら、面倒なことになる。
マナに子供が生まれて、実権が移れば……。
その頃にはある程度、余裕のある状態になってるだろうから、態々消息を絶つ必要もないか」
さすがに隠居させてもらえるだろう……。
「どれくらい気の長い話よ……。
マナがもうすぐ10歳でしょ?
16で結婚したとして、孫が生まれてくるのは早くて18歳?
その子が16歳になるまでとして、最短で24年後?」
「残念。
第一子は次期ファーラシア王だから、26年後くらい?」
どちらにしろ四半世紀後の話である。
「大変ね……」
「お前だって大変だぞ?
次期国王の祖母として、社交界を取り仕切ることになる。
先代王妃は完全に引退したから、ユーリカが王家の社交を取り仕切る必要があるってことだ」
意趣返しを予て面倒な未来を提示する。
背中の痒くなるような貴族とのやり取りを、まだ20年は続けることになると言うのは、ユーリカにはキツい話だろう。
「……どうしてそうなるのよ!」
「しょうがないだろ?
先代王妃の旦那が、暴走したんだぞ?
責任を取って、実家に引っ込むしかない。
……まあ、実家のマーキル王家がないから、側室の伝手で旧ベイス領であるアタンタルに、移住したんだがな。
そうなると王国の女性陣代表は、高位貴族の夫人となり、候補はジューナス公爵夫人とジンバル宰相夫人に、ユーリカの3人。
ファーラシアの公爵は、貴族としての権威が低い名誉職。
かと言って官僚側である宰相の夫人が、王宮を取り仕切るのは無理。
じゃあ残っているのは?」
「…………。
……私」
渋々、自身を指差すユーリカ。
往生際の悪いヤツである。
「そうなるな。
ちなみに、マナが成人して王妃になっても、次期国王の祖母だから、マナと一緒に社交界を取り仕切ることになるだろう」
本来、その役を担うレンターの母親が引退したのでしょうがない。
……端から見ると外戚貴族が、王家を食い物にしているように見えるから不思議だな。
かと言って、先代王妃を社交界に残せば、王家と辺境伯家の不仲説を仕立て上げるヤツが出てくるかもしれんし、まだマウントホーク家が、成り上がりの悪徳貴族として、嫌われた方がマシなのは間違いない。
「……どうしてこうなった!」
「先代国王が暴走したから」
頭を抱えるユーリカにあっさり返す。
「将来的には、英雄? に仕立て上げるにしろ。
今の時点では火事場泥棒を企んだダメ人間なのは、周知の事実。
王子であるロランドのこともあるから、今の王家には国内外の貴族から信用がない。
だから、疑わしければ実の母でも、社交界から締め出せるような手厳しい対応の出来る王が望まれる。
じゃあ、その穴は誰が埋めるの? 君でしょ!」
「……」
「もっと楽な手を教えようか?
レンターに代わって、俺がマウントホーク王国を樹立させる。
ファーラシア王家は侯爵位くらいに勇退してもらえば、もう少し社交界は楽になるよ?
何せ、面倒な格式は自由に排除出来るのだから」
態々、ドレスを着て扇子で口元を隠すとかする必要がなくなるが、
「……本当に?」
「ああ。
ただし、今以上に一挙手一投足を観察されるし、それが生涯続くけど……」
ガックリと項垂れるユーリカ。
それは俺が南部抗争期に通った道でもあった。
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