第341話 露店巡り

 馬車でミフィアと合流した俺は、融合をしてミフィアの姿になって街へ繰り出す。

 御者には先に帰るように指示を出した。

 別邸にはシュールもキリオンもトルシェもいないので、たまに街を散歩するくらいの余裕はみせても大丈夫だろう。

 王城から貴族街を突っ切って、平民街と呼ばれるエリアまでやって来た。


「まずは腹ごしらえだが、1人でバノッサに行くと悪目立ちだよな。

 露店を巡って、B級グルメと行こうかな?」


 方針を定める。

 どうにも、最近は肩が凝るような料理ばかりだし、丁度良い。

 口や手が汚れるとかは気にしない。

 ダンジョン内じゃ、大鍋から自由に椀に注いで食べるのが普通だしな!


「ファンタジーの定番。

 肉の串焼きからか?」

「母。

 私は甘辛いタレのモノを所望する」

「まあそうだな。

 日本の精肉技術とは天と地ほどの差があるし、塩だけの肉とかとても食えん……」


 ……ん?

 横から入ってきた声の方を見ると、何故か隣にいるフィアーナ。


「どうしてここに?」

「王都内には情報網が張ってある。

 母が変な移動を開始したので、追跡をした」

「そうか……」


 驚くほどの事態ではない。

 家の身内では良くある話だ。


「じゃあ、串焼きから攻めよう」

「うむ!」


 俺の言葉に満面の笑顔で頷くフィアーナ。

 こうしていると可愛いんだがな……。

 しかし中身は、トルシェの手先なんだよな。


「おっちゃん!

 ここで売っている串を全種類2本づつくれ」

「早いよ!

 しかも持ちきれないだろう?!」


 俺の回想を無視して、近くの露店に突撃した末の娘が余りに無茶な注文を願い出る。


「問題ない」

「うん?」


 フィアーナの返答に首を傾げていると、3種類の串焼きを握力に物を言わせて、まとめて握ってしまう。

 低所得者が昼飯代わりに利用するボリュームだぞ?

 日本で売っていた焼き鳥とかと同じ感覚で持つか?

 とも思ったが、よくよく考えれば彼女も真竜である。

 後衛職の人形使ドールマスターと言えど、素のステータスが十分高いんだから当然だったな。


「……まあ良い。

 お代だけど、銀貨で払える?」

「……お?、おう。

 妹さん、凄い力だな。

 うちの串焼きは食い応えが自慢で、あのくらいの子供だと片手で持つのも苦労するんだが……」

「まあ腕力は有り余っているから」


 唖然とする屋台の親父に苦笑で返してから、銀貨を差し出す。

 ……銅貨の持ち合わせはないから助かったぞ。


「それじゃあ、お釣だな。

 ちょっと、財布の口を開けて待ってくれ」


 そういうと、銅貨の詰まった袋から鷲掴みの銅貨を俺の財布代わりの袋に入れる。

 1回、2回、……14回?!


「ちょっと待て!

 どう見ても払った金よりお釣の方が多いわ!

 どういう計算よ!」

「いや、そんなはずはねえよ?

 銀貨で串焼きを3本買った客がいたら、7回銅貨を鷲掴みにして渡せと言われているんだ!

 だから、それを2巡させたんだぞ?」


 いや、百歩譲って、鷲掴みで銅貨10枚はまだマシだと思うが、6本買ったから逆に多く返すとか何をやっているんだと言いたいが……。


「ねえ?

 串は1本辺り幾ら?」

「銅貨10枚だ。

 それくらいで売るようにかみさんから言われている」

「だと思った。

 おじさんの場合は手が大きいから、鷲掴みで大体銅貨10枚くらいなんでしょうね。

 それは良いけど、銀貨は銅貨100枚ってのは分かるか?」

「もちろんだ!

 かみさんから散々注意されたからな!」


 俺の疑問符に胸を張るおっさんだが、逆に確信を抱く。

 あ、これは貨幣経済に理解ないぞ。と。


「じゃあ、これを見て」


 そう言って、先ほど渡された銅貨を10枚1山で並べる。

 案の定、14の山と3枚。


「これで銀貨1枚分の銅貨」


 山10個を分けて示す。


「こんなに少ないのか……」

「そうだよ。

 そして、普段だと3本で山3つだから……」

「おお!

 7掴みで大体合ってる!」


 どうやら納得してくれたらしい。

 ……念のために確認をしておくか。


「じゃあ、今回6本買ったから?」

「4掴みだな!」

「正解、納得できた?」

「おお!

 ありがとな! お嬢ちゃん!」

「それは良かった。

 けど、これまで良く商売できたね?」


 ……これだけ、あっさり計算する能力があるのに、理解が及ばなかった。

 つまり、計算に関する基本的な知識がなかったと言うことだろうが、それで良くやってこれたものだと思う。


「こういうことは全部かみさんがやってくれたんだが……」

「愛想を尽かされた?」

「ちゃうわ!

 ……子供が生まれたんだ。

 うちの屋台は火を使うだろ?」

「そう。……おめでとう」


 少しだけ優しい気持ちになったので、祝辞を述べる。

 照れ臭そうに鼻を掻く屋台の親父。

 そんな穏やかな空気は、隣の娘がぶち壊す。


「美味しかった。

 追加で6本欲しい」

「……私の分は?」


 何も刺さっていない6本の串を出すフィアーナに念のため確認を取れば、


「折角の串焼きが冷めては勿体ない」

「そう」


 実に分かりやすい説明である。


「ひとまず、私の分として3本買うわ」

「お、おう」

「それはない。

 絶対にダメ。

 そっちがその気なら、こっちはお姉ちゃんが意地悪すると駄々を捏ねる覚悟がある」

「どんだけ食い意地が張ってるのよ……。

 おじさん。9本、いえ10本買うわ」

「おう……。

 ……お疲れ」


 おっさんの労いに、疲れた笑いを返してその場を離れるのだった。

 10本の串焼きを見てニコニコしているフィアーナを引き連れて……。

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