第342話 経済の問題

「まずいな……」

「では私が貰う」


 串焼きを受け取って齧りながら食べ歩き、少し屋台から離れて声に出せば、すかさず奪い取ろうとするハイエナが手を伸ばすが、ぺチッとはたき退ける。


「知ってて言ってるだろ?

 まずいのは肉じゃない」

「一般人のお金に関する知識?

 日本人もいい加減お金に関する知識に疎いんでしょ?」


 軽く手を擦りながら答えるフィアーナに頷く。


「根本的に別問題だな。

 日本人のお金に関する知識ってのは、稼ぎに対する考え方の知識だが、さっきのおっさん達の問題は四則演算も含めた計算知識。

 前者が閃きに関する補助知識なのに対して、後者は必須となる基礎知識」

「そうだね。

 知識量の差が搾取を招く。

 搾取は格差を招き、経済は停滞する。

 母にとっては大迷惑だろう?」


 良く分かっているじゃないか。

 商人達にとってはありがたいのだろうが、為政者側から観れば、個々に金を使ってくれた方が税収が上がるのだ。

 現状は正直厄介だと思っている。


「……まあ、冒険者達から徐々に改善されていけば、良くなっていくのだろうが」

「これまでそれで利益を得ていた連中の反発が怖いのではない?」


 そうなんだよな。

 それに、


「特に問題は、今日の串焼き屋の親父のような人間がいること。

 貴族街に近い位置といい、1本辺り銅貨10枚と言う高価格といい富裕層とまでは言わんが、中流以上の客層をターゲットにしているにも関わらず、あのようなどんぶり勘定でやってこれた。

 ……そのレベルの経済基盤を持つ人間にも通用してしまうほど、通貨経済の浸透が低い」


 異世界召喚された直後、マナと買い食いをした時に使っていたような銅貨2枚くらいで買える程度の屋台で、これならそこまで不安要素を感じないのだ。

 互いに硬貨の価値をそこまで理解していなくても不思議ではないから……。


「既に搾取の構図が出来上がっている?」

「たぶんな。

 王都の経済は俺が考えることじゃないかもしれないが、折角冒険者を教育しているのに、それを潰されては困るんだよな……」


 そうなれば丸損である。


「フォックステイルを使って、そういう商人を排除していくしかないんじゃないの?」

「それが一番の近道か。

 法令で押さえ付けるよりも、国最大の商会がそういう輩との取引を絞る方針の方が良いかな……」


 歯切れ悪くフィアーナに同意する。

 正直、この手の話に進むとどういう手を打つべきか分からん。

 真っ当な商売をしているやつを優遇すれば、皆もそれに従ってくると思うが。


「母よ。

 あなたは何時から神になった?

 善悪貧富の別なくして救うなど、傲慢だと知るべきではないか?」

「……まあな」


 ……力を手に入れ過ぎたのかもしれない。

 時流に乗れないバカは勝手に沈んでいけ、とつい最近までの俺なら考えたはずなのに。


「その考えのままに動いた先には、荷に潰されて誰も幸せになれない未来がある」


 それも分かる。

 俺にだって限界がある。

 優先順位に従って、下の物は常に切り捨てられるように意識していないと……。


「そうだな。

 取り急ぎ行うべきは、王都中の屋台を買い占めても余裕の資産があるのに、人にタカってくる食いしん坊な娘から、自分の財布を守ることか?」


 フィアーナの面白くない正論に、少しの悪戯心を添えて返す。


「違う!

 家族は大事!

 これは絶対!」

「ついでに奢りのタダ飯は凄い旨いか?」

「否定はしない!」

「そこは否定しろよ!」


 開き直るな!

 ……全く。


「それじゃあ、奢り飯をご所望のお姫様?

 次は何を食べる?」

「にひひぃぃ。

 甘いもの食べたい!」


 フィアーナの助言に従って、あれこれと思い悩むことを後に回すことにした。

 今日くらいは自分の気分転換を優先して、少し楽しみたい。


「甘いもの……。

 マナと食べたクレープもどきが良いかな?

 結構、街壁に近い辺りだから治安は悪いが……」


 実態はともかく見た目は、幼い少女である。

 変なヤツに絡まれては面倒だが、


「バノッサではダメなのか?」

「ああ。

 頼めば屋台より旨い物が出てくるか」

「じゃあ、決まり」


 こういうところを見るとレナとの差異が面白い。

 隣にいるのがレナならば、絶対にマナと同じものを食べると訴えてくるだろう。

 フィアーナにはマナへの異常な執着はないのか?


「……そういえば、フィアーナはマナのことをどう思っている?」

「小さな部屋に閉じ込めて、私なしでは生きられなくしたいけど?」

「…………」


 好奇心から尋ねたら、あまりにもあっさりと怖い言葉が飛び出してきた。

 その無邪気さが怖い。


「……まあ、レナがいるから難しいんだけどね?

 悔しいけど、能力の相性が悪すぎて勝てない」

「……そうだな」


 いまいち安心感に欠ける言葉ではあるが、それで納得しておく。

 これ以上追及する気になれん。


 レンターすまん!


 俺は心の中で可哀想な国王に謝罪しておくのだった。

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