第338話 アガーム王国の変動

「さて、次はアガームだな」

「それこそ自分の家で聞いてくださいよ」

「いや、客観的な視点が欲しい。

 辺境伯家は好くも悪くもあの国に近すぎる」


 領民に慕われていた前領主を失ったアタンタルや賠償名目で辺境伯家に譲られたエイトやギュンターのような街があり、そこから入ってくる情報があるので、鵜呑みにするより、第三者視点が欲しいのだ。


「そういうものですか?

 ……かなり好景気ですよ。

 まず、王家とその直轄地はラーセンよりもドラグネアに近いですからね」

「そういえば、出稼ぎ者が山ほど入ってきているな。

 まあ、こちらも労働力として期待していたのも事実だが……」

「こちらとしては関所で通行料を徴収して欲しいんですが?」

「嫌だよ。

 割に合わん」


 ジンバルの頼みはあっさり切り捨てる。

 関所を設けるなら、交通の集中する場所にしないと間道とかで簡単に抜けられる。

 そうなれば、関所の維持コスト分のマイナスなのだ。

 辺境伯領内でそういう場所を選定するなら、『小鬼森林』の東辺りになるが、そこより東も辺境伯領。

 ……正直意味のない物になる。

 かと言ってエイトやギュンターを囲えと言われたら絶対にやらない。

 銀の鉱山を抱える街だけにアガーム王国各所へ道が通っているのだ。

 幾つ設置したら良いかも分からない。

 むしろ、


「何なら王宮の方で設けて貰っても良いんだが?」

「いえいえ!

 冗談ですので!」


 すぐに逃げたな。

 向こうも本気じゃなかったか。


「……そうだなぁ。

 例えば、ずっと先に経済が停滞した時。

 エイトやギュンターを取り戻そうと考えるアガーム王が現れるかもしれん。

 その時は、昔ベイス家が設置した砦まで国境線を後退させて、関を設けるのも選択肢だが……。

 正直、その前に銀を取り尽くして、エイトやギュンターが荷物になる方が早いんじゃないか?」


 銀だって無限に出てくる訳じゃない。

 そもそも古代王国時代に、この辺りの鉱山を開拓しなかったのも不思議なんだが……。


「……あり得る話ですね。

 ですが、関所があるのとないのでは、情報の伝達速度はかなり変わりますので……」

「それも分かる。

 情報が遅れれば、それだけ利益を得るチャンスを逃がすんだから。

 だが、それを減らすために街道を整備するのが、各国の戦略だろうに……」


 少なくとも、辺境伯家に貧乏くじを引いてくれと言うのは間違っている。

 大体、ドラグネアに支店を出したり本店を移転した連中は、その辺の機微を分かっているから、先手を取ったのだ。

 勝手に好機を逃したくせに、泣き付いてくる暗愚など無視すれば良い。


「……まあ、言ってみただけです。

 さて、アガーム王国の西はかなり富んでいますが、他の地域も相当ですね。

 まず南ですが、養蚕によって作った絹製の小物が、ラーセンにどんどん入ってきています。

 ミフィアモードとか言う現在のファッションブームでは不可欠らしいので……。

 レースリボンとでも呼ぶべきものですか?

 あの装飾品は、現在は少しだけ落ち着いて、1つ辺り銅貨20枚で取引されていますが、一時は銀貨1枚くらいまで値を上げたらしいですね。

 南部トップのパンプル侯爵家が大きく利益を得たので、南は一気に親ファーラシア派に染まったようです」

「マジか。

 ……羨ましい話だな」


 お前の方が儲けているだろと言われようとも、流行の先端を行くことによる高いコスパの収入は羨ましいものがある。


「東部に北部はラロルとの交易が増えて、利益が増えているようです。

 特に北部はマウントホークとの結び付きも強いので、ラロル帝国から陸路を通るなら、オドース領へ一旦東進するのが、メジャールート化しつつあります」


 ……確かにエイトまで南下すれば、辺境伯領だし、ミーティア方面に抜けるよりもコストが下がるか。

 しかし、


「……何か、俺の影響による反射利益ばかりじゃないか?

 何で他の連中が儲かっているのに、俺は穴蔵生活をさせられているんだろう……」

「まあまあ、先生が経済の根幹を支えているから起こっている好景気ですよ?

 喜びましょうよ?」


 肩を落とす俺を慰めてくれるレンター。

 だが、目の前のレンターもその利益を受けている側の人間なんだよな……。


「……まあ良い。

 お前は精々頑張ってマナを口説いていろ」

「……」


 嫌みだけ投げておくと、予想以上に頭を抱えるレンター。


「……ユーリス殿。

 それは今は禁句です。

 現状でマナ嬢と結婚できないと、陛下は一生独身なんですから……」

「……え?」


 不信を感じた俺にジンバルが耳打ちする。


「考えてもみてください。

 アガーム王国やラロル帝国でも、辺境伯家以上の婚礼衣装は準備出来ないんですよ?

 じゃあ、誰が嫁いでくるんですか?

 ……その辺りの王室からは側室を送るので、マナ嬢と結婚したら教えて欲しいと内密の相談もあります」

「……」

「多分、マナ嬢の篭絡は別に仕掛けてくるでしょうから、質が悪いんですけどね……」


 まあ、あの辺の国としては、直接利益を得るか、間接的に利益を得るかの違いだからな。

 しかし、


「裕福すぎて結婚できないなんて初めて聞いたわ」

「……ですよね」


 率直な俺の感想に、肩を竦めるジンバル宰相。

 他人事の俺達に、益々気を落とすレンターだった。

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