第337話 ラロル帝国の今

「次はラロルだが、どうなっている?」


 マーキルから時計回りに来た場合、トランタウは辺境伯家で訊いた方がより精度の高い情報になるだろうし、フォロンズは特に関わりもないのでスルー。

 小国群もマナの様子が気になるが、現在の状況で我が家の娘に手を出すバカはいないだろうし、放っておいても良いだろうから、小国群の先にある帝国についてを訊ねる。


「……混迷しているようですね」

「ええ。

 何処かの誰かに祟られているんじゃないかと繰り返し執り成しの使者が来ています」

「そうなのか?」


 主従からジト目で睨まれるが、特に何かをした記憶もない。


「先生の進言に従って、ネッサと言う男に自由騎士と言う称号を与えてラロル帝国に送り込んだのは覚えていますか?」

「……いや?

 そんなことしたっけ?」


 まあ、ラロル帝国は嫌いなので、適当な嫌がらせをした気もするが……。


「……大神殿を建てるためにトランタウへ向かった頃ですが?」

「トランタウへ向かった時期?

 家の本領で面倒事が起こっているのに、杉田を助けて欲しいと交換条件を付けられた時期か?

 あの頃は適当に八つ当たりをしていた気もするが?

 そういえば、酒を呑んで気をまぎらわせていた頃に、ラロルへ嫌がらせをした気もするな……」


 ただでさえ、腹心の配下をその部下に裏切られて失い、イライラしていた時期に杉田を助けることを交換条件にされて……。

 誰彼構わず、虚言で惑わしてからかっていたくらいしか思い付かん。


「サザーラント帝国のネッサと名乗る兵士を、ラロル帝国に送り込んで、ラロル帝国を焚き付けたんですが?」

「ああ。

 やった気がする。

 多分、目先の餌に釣られて、サザーラントを攻めるんじゃね? くらいの軽い気持ちで。

 ……どうした?」


 正直に当時の感想を言えば、再び頭を抱えるレンターとジンバル。

 何があったんだ?


「ラロル帝国はその口車に乗って、サザーラント帝国を攻めるための船団を用意したんです。

 アガーム王国にもかなりの額を払って航路の安全を確保し、ケランド王国への援助の打ち切りも呑んで……」

「それは相当な力の入れようだな。

 正直、そこまでするメリットって何?」


 メリットが思い浮かばなかったので率直に訊ねてみたが、


「中央大陸で最も歴史ある国と言う名誉でしょうか?

 私は他に思い付きません」

「……中央大陸の東から南までの航路が拓けば、将来的には利益になると思いますが、とても長期的な見通しですね」


 曖昧な答えが返ってくるのみだった。

 ……まあ、他国のことだしどうでも良いけど。


「そんな大事業ですが……」

「侵略戦争を事業って……」

「話の腰を折らないでください。

 先生の発想でしょ?」

「すまんすまん。

 ……で、どうなった?」


 戦争を仕事みたいに言う嫌な表現に呆れたら叱られた。

 まあ、レンターの言い分は間違っていないので、軽く謝って先を促す。

 ……物語のパターンなら、今頃は港町の1つを占拠して、俺達の戦いはこれからだ的な状況だと思うが?


「ビジームから山脈を隔てた沖合いにて無数のサーペントに襲撃され……。

 2隻の中破した船を除き、全滅。

 ネッサも死亡したようです」

「……そんな所にサーペントの巣でもあるのか?」


 俺としては非常に困る。

 折角、ニューゲート領からアガーム東南までを繋いで交易が出来ると期待していたのに!


「いえ、アガーム王国からの連絡では、これまでもその航路は、数年に1度くらいの頻度で使われているらしいです。

 2年前も問題なく通っているみたいですね」

「……ふうん。

 ただのサーペントの移動に巻き込まれただけか運が悪いな」


 けど、移動中の群れが船団を襲うか?

 ……妙な違和感があるな。


「ええ。

 ただ、相手が竜の眷属ですので……」

「うん?」

「先生の祟りだと言って、恐れられているようです」

「そんなことするかよ!」

「ですよね……」


 最近、世の中の不思議な出来事は全部俺のせいと思っている節がないか?

 とは言え、


「……ビジーム沖だとマーマ湖と海を繋ぐ水中トンネルにも近いはずだし、水侯に命じて排除しておくか。

 ラヌアからも頼まれるだろうし……」

「ちょっと待ってください!」

「どうした?」


 今後の展開を考えていると、ジンバルから制止が掛かる。


「サーペントの出没箇所はマーマ湖の出入り口近辺ですよね?」

「多分な。

 さすがに水中のことは分からんが、水侯からの情報ではビジーム沖のはずだ」

「……確か、マーマ湖にはサーペントが住み着いていたんですよね?」

「ああ。

 水中トンネルを占拠していたはずだが、既に排除したと聞いている。

 ……ああ。

 多分、そういうことだな。

 2年前はまだサーペントもマーマ湖に棲んでいたんだろう」


 さすがにそこまで言われれば、今回のサーペントの出処も予想が出来る。


「……本当に祟っているじゃないですか」

「俺もびっくりだわ。

 まるで、知らない間に別目的で仕掛けた、とっておきの罠に誘導してしまったような違和感がある」

「グリフォンといい、サーペントといい。

 不思議なくらいついていませんね」


 全会一致で俺のせいだと確定したが、


「……まあ、そのサーペントがマーマ湖産だと証明する手段はない。

 知らぬ存ぜぬで良いだろう」

「ですよね……」

「言えませんからね……」


 と言う方針で対応する。

 どう考えても、それが1番マシな決着であろう。


「……いっそのこと、厄除けのお守りでも売り付けてやろうかな?」

「さすがに止めますよ!」

「全くです!」


 他人の不幸は蜜の味とばかりに、商売のタネにしようとすれば、不謹慎だと怒られるのだった。

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