第335話 ファーラシア貴族の状況

「それで、一番気になるのは旧マーキルの状況だ」

「でしょうな。

 何せ、グリフォスは辺境伯領ですし……」


 俺の疑問に頷くジンバル。


「欲しけりゃやるぞ?」

「いいえ結構です。

 あの土地を取ったら家が破産してしまいます」


 冗談半分で訊ねるがあっさり断られる。

 まあ、当然かもしれないが、そんなあからさまな負債と言われるとイラッとくるのも事実。


「そうか?

 領地の上がりを全て回せば、ジンバル家の代替わりまでに安定するだろうに?」

「そんなことをした日には、翌月くらいに屋敷の何処かで冷たくなってるでしょうね」


 追加でからかうと自殺志望者ではないと遠回しの拒絶。

 ……まあ、そうだろうな。


「良く分からないんですが、確か先生はグリフォスを賠償金の取れる良い土地と言ってませんでしたか?」

「その予定だったよ……。

 ざっと金貨7万枚ほど。

 それでも割に合わんのだが!」


 会話に入ってきたレンターの指摘に、苦々しい顔で返す。


「確か、利息も含めて年に金貨20枚の4000年払いでしたかな?」

「え?!」

「ああ。

 マーキル王国が貧乏ってのは、良く聞いたがあそこまで金がないとは想定外だった。

 ……多分、取りきれない」


 こちらに付いたマーキル王国のトップがレッグ公爵だから、あの家から取り立てているけど、あのタヌキ親父はシュールの子供を、跡継ぎに据えそうだと睨んでいる。

 そうなれば、マウントホーク家としては完全な目下だから、適当な所で手心を加えるべきだろうな……。

 落とし処としては、レッグ公爵家の代替わりに合わせて、グリフォスを分家として独立させるのが1番だろう。


「精々、20年くらい。

 合計で金貨400枚の回収と言った処だ。

 ちなみにマーキルがなくなった上に、ジンバットも手を引いたから、グリフォスは辺境伯家単独で開発することになるし、壊れた家屋や巻き込まれた民間人への賠償も全部辺境伯家持ちだろう?

 今年1年にグリフォスに掛かった経費だけで金貨2千万枚だぞ?

 ……大赤字だ!」


 結局、戦争の賠償金は民間人への補填に消える。

 そこの保障を怠れば、徐々に出ていく人間の数が増えて、経営が成り立たなくなるからな。

 だが、賠償金として支払われるのは、実際に消耗した戦略物資の補填費用と迷惑料のみ。

 だから、多くの貴族は戦争相手の土地から略奪を行わせる。

 兵士の暴走と言う側面もあるが、負債の穴埋めの方が大きいのだ。

 今回であれば、マーキル王国側に付いた貴族達の領地から接収して、賠償金代わりにごっそり辺境伯家に納めさせて、補填できるはずだったが……。

 ……値打ちのある物が全然無かった。

 もちろん、火事場泥棒をした奴もいるだろうが、貴族の城にあった宝物ってのは、一般的な平民が売るのは、身バレや経歴バレの高リスク品ばかり。


 例えば、小さな絵画をポケットに入れて、後で売ったら金貨1枚とかになったとしよう。

 それが有名な画家のもので、金貨30枚で貴族が買ったら?

 それをその兵士が属する土地の領主が知れば、金貨30枚を補填するように命じられるだろう?

 安全マージンを考えられる人間は、指揮官に渡して小遣いを貰うので、大半は回収出来ているはずだ。


「……マジで何もなかった。

 結局、援軍の費用も辺境伯家からの持ち出し」

「……国もですよ。

 結構厳しく取り立てたので、殆ど回収できたはずですが、全然でした!

 マーキル王城にあったビッツ師による風景画が贋作と判った時の絶望と言ったら……」


 ……絵画はまず、間違いなく回収出来る財産の類いだが、それが贋物って。

 金に困って売ったってことだろ?

 ……王城で?


「それは気の毒に……。

 ちなみにそのビッツとやらは高名なのか?」

「ファーラシア王国の近隣では1番ですね。

 陛下の即位時の肖像画も師にお願いしています」

「ふぅん」


 まあ、絵に興味はないけど、今はドラグネアで絵画教室をやっているジューナス公爵の次男に振ってみても面白そうだな……。


「何でも古代王国時代の技法を復元した天才と言う触れ込みで、各地の貴族が挙って使い出しました」


 ……なるほど。

 妹達の高笑いが聞こえてきた。

 主犯はトルシェで、ロティが協力者と言う処だろう。


「……話を戻して、家が1番割を食らったのは間違いないし、次点で王国だとも思うが、他もヤバいだろ?」


 自業自得のレッグはともかく、大池とかあまりの事態に目を回していそうだ。


「今回は王国からの褒賞金と言う形で、かなり肩代わりしたので、大丈夫でしょう」

「おい!

 家だけハブられてないか?!」

「無理を言わないでください。

 王国には、ユーリス卿のような無尽蔵に金の湧く金の泉はないんです!

 マウントホーク家の負債まで対応出来ませんよ!

 そもそも、発行した国債の殆どを辺境伯家が買っているんですよ?

 そっちはまだ余裕なんでしょ?」


 他と比べてあまりの冷遇に文句を返したが、こちらへ回す資金は、なしの礫のようである。


「そんな訳ないだろ!

 どんだけ頑張って稼いだことか!」

「……そもそも疑問なのですけど、グリフォスが幾ら大金を投じられていたと言っても出来かけの街1つですよね?

 金貨2千万枚っておかしくないですか?」

「……。

 そういうことか!!」


 確かに、グリフォス関連の経費だけど!

 国債の購入費まで俺に稼がせていたのかよ!

 どんだけ俺をダンジョンから出したくないんだ! あのコンビは!


「ちなみに、我が国が辺境伯家から借りている資金は金貨8百万枚ほどと言う話ですけど……。

 1度収支報告書を見直した方がいいですよ?」

「……帰ったらやる」


 レンターの指摘にがっくりと肩を落として応えるのが精一杯の俺であった。

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