第327話 リドルだった最後の日

 王城で最も高い塔の窓から見下ろしたリドルの視界には、攻め寄せるファーラシア王国軍と燃える故郷に戸惑う民の姿が見える。

 獣人に攻められて落ちぶれそうな国を、獣人を利用して建て直し、今回また獣人に手を出して滅ぼそうとしている。

 リドルの人生の境地には常に獣人の影があった。


「私は良い。

 だが、妻子に部下。民達にはあまりにも多くの迷惑を掛けた。

 後は、潔く死神がやってくるのを待つだけだ」


 ただただ、虚しく呟くしか出来ないリドル。

 だが、


「残念ね?

 あなたは死ねないわ。

 これまで辺境伯家に掛けた負債の分だけ、働いてもらわないと割に合わないと主様が仰ったから……」


 和装と言うものを知らないリドルには、見慣れぬ服装。

 だが妙に惹き付ける魅力を纏う狐獣人が現れて、現実を否定する。


「獣人ではなく、ユーリス卿配下の霊狐だな?」

「ええ。

 我が名は豊姫。

 フォックレスト太守の地位を与えられた霊狐達の長。

 あなたの身柄を拐いに来たわ」


 見た目の印象を自ら否定する。

 レッグ公爵経由で、シュールから辺境伯には高位霊獣の私兵がいると聞いているリドルは、多くの兵が守る塔の最上階へ、騒ぎ一つなく現れた現状から、狐の獣人ではなく、相手が霊狐だと看破する。

 そして、


「このような強烈な気配を前にして、危険な任務など何もしたことがない騎士擬きが、まともな対応を取れんのも納得だ。

 ……全ては私の采配ミスだな」


 マーキル滅亡の発端、辺境伯の私兵に対する拉致未遂が起きた原因をやっと理解する。

 誰も原因が分からず、首を捻っていた疑問。

 まるで『謎掛リドルけ』のような不思議な行動の答えを最も早く見付け出す。


「……ああ。

 そういうことね。

 主様達から視れば、私もあなた達も大差ないでしょうし、恐らくそれに関してはあなたが最初の人間よ。

 純粋に称賛するわ」

「嫌な称賛だな。

 それで、私を連れ去ると言うのは何の冗談だ。

 私が消息を絶てば、後顧の憂いとしてありとあらゆる場所が捜査の対象となる。

 それも必要以上に苛烈な。

 辺境伯はそれほどマーキル王国の元国民を苦しめたいのか?」


 所詮冒険者上がりの無法者だったのかと言う失望。

 リドルは、ユーリスを同じ側の人間だと勘違いしていた事実に愕然とする。

 だが、消沈するリドルの意識を呼び戻したのは、突然外から聞こえた大歓声。


「……何が起こった」

「勇敢に街の中で孤軍奮闘していたあなたが倒されたの。

 戦争は、……今終わったわ」

「どういうことだ!」


 目前の化物に尋ねたリドルだったが、その返答で"お前はもう死んでいる"と告げられて、激昂しそうになる。


「私の配下に、冬夢と言う者がいるのよ。

 彼女は"夢"の名を持つ通り周囲に自分が望む夢を見せることが出来る。

 それなりの身分と思われる人間を国王だったと思い込ませるのも簡単よ?」

「……な!」


 豊姫の答えは、彼女と言う常識の外にある存在を目の前にしてなお、信じがたい話。

 リドルが絶句するのも当然だろう。

 王都全体を操る催眠術なんて誰も聞いたことがないし、目前の霊狐の言葉が事実なら、これまで信じて生きてきた現実さえ信じられなくなってしまう。

 それを当たり前に利用する化物達。

 リドルは自分達家族が、そんな化物達の魔窟に捕らえられた哀れな贄だと思い知り……。


「じゃあ、お休みなさい。

 次に目覚めた時はパズルと呼ぶわ」


 目の前に翳された豊姫の手を見たと言う不確かな記憶と共にリドルの意識は闇に包まれた。






 ……マーキル陥落から1ヶ月。

 一昨日より昨日、昨日より今日。

 そして、恐らく明日も……。

 パズルの人生最悪の日は、常に更新し続けている。

 アタンタル内政補佐官となっていたリドル改めパズル。

 だが、マーキルの王族だった記憶を持っていたのは、彼だけだった。

 元王妃も子供達も、自分達は辺境伯家の家宰シュールの親戚で、レッグ公爵領の小さな村を管理する家柄だと言っていた。

 マーキル王国の混乱から逃れるため、シュールを頼り、今の地位へ押し上げられたと思っているらしい。

 挙げ句に料理などしたこともないはずの娘が、当たり前のように手料理を振る舞い、慣れた手付きでマフラーを編む元王妃の妻。

 騎士として兄を支えると言っていたはずの次男は、冒険者になると息巻いているし、その長男はこんな裕福な生活になって良かったと常々口にする。


 記憶が噛み合わない。

 まるで、自分だけが異世界に迷い込んだような強烈な孤独感。

 必死に違うパズルのピースを填めようとしているピエロの気分を味わいながら、今日もパズルは生きていく……。

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