第326話 ジンバル侯爵への手紙

 ミネットの住むファーゼル巫爵の城。

 元々は南部閥伯爵の居城だったものを接収した城の一角に間借りしているゼファート守護竜領行政府。

 その1室にて、俺はジンバル宛の手紙の草案を作っていた。

 手紙作成のメンバーは、俺の他に書記のキリオンとオブザーバーのファーゼル夫妻。


「まず資格のある冒険者の名称は、探索者でよろしいのですね?」

「ああ。

 無謀な冒険をするのではなく、体系化された専門知識に基づいて探索を行う者だ」

「……分かりました。

 それで養成所の名前も、そのまま探索者養成学校として、探索者が巣立って、ギルド運営が安定するまではかなりの失費ですけど、本当に3ヶ月も無償で教育する期間を設けるのですか?」


 大きな失費に嫌な顔のキリオンだが、少なくともすぐにペイできるんじゃないか? と俺は思っている。


「全員が無償じゃないさ。

 最初の10日間は全員無償だが、その最終日の試験で目標ラインで仕分けるだろ?

 そこからは"良"を取らないと無償では学べない。

 "可"であれば、10日辺り銀貨30枚を支払うし、"不可"なら、教育を受ける権利そのものを剥奪されて、退学処分だ」


 "可"の人間でも1日辺り銀貨3枚で食と住が保証されるし、10日後の試験で"良"に復帰出来れば、タダで学べるのだ。

 しかも、授業は午前の半日。

 これは昼からアルバイトで貯蓄出来ると言うことでもある。


「最終目標は3ヶ月末の資格試験で、これに合格すれば、探索者ギルドに登録出来て様々な特権が得られる……」

「ああ。

 提携している宿屋の使用や武具のメンテナンスに対する割引。

 後は、準市民権限。

 探索者ギルドのある都市であれば、図書館等の公共施設を使用料を払えば利用できる権利だ

 それを辺境伯家の保証を担保に与える」


 最初はピンと来ないだろうが、卒業する頃にはその価値に気付くだろう。


「後は、養成学校開始時の特典として、養成学校に在籍している間は過去の犯罪歴を停止。

 探索者資格獲得後は犯罪歴抹消ですか?」

「そうだ。

 犯罪者と言っても食い詰め者はかなり多いだろ?

 そんでもって、そういう奴ほど知恵が回る。

 優秀な探索者になるだろう」

「冒険者として、落第した者達ですよ?」


 キリオンの懸念も分かるが、成果を横取りされた奴とかもいると思うし、


「自頭が良いのに体格に恵まれない奴ほど、冒険者としては落第する。

 能力に合った武器や防具を身に付け、正しく安全マージンを確保できるようになれば化けるさ」

「1度社会から堕ちた者をも救おうとは!

 さすが聖ユーリス様!

 このアベル。全力でその御心に叶うよう努力いたします!」


 感極まった感じのファーゼル巫爵配アベルが、宣言する。

 マキート枢機卿家の出身だが、宗教団体の幹部の生まれとは思えないほど善良な男である。


「アベル。

 少し落ち着いてください。

 ……まあ私も本件は賛同の立場です。

 大至急学舎を用意しますので、ぜひ我がファーゼル領をお使いください」


 こっちは学校を置くことによって発生する利益を計算してのものだろう。

 多くの人間が集まり生活するのだから、その経済効果は莫大。

 しかもゼファート及びファーラシア王国から費用が出るので、取り損ねる心配もない。

 まあ、ダンジョンが多いラーセンに近いここから始めるのは立地として、間違ってもいないし良いんだけど。


「後は、講師の手配ですが……」

「最初の文字の読み書きと2回目の計算は、実家に派遣を依頼します!」

「3回目以降は専門性が高いが引退した冒険者で、優秀な人間を招こう。

 ……そういえば、こういうのが得意且つ大好きなのが1人いるわ。

 多分、喜んでくるだろうな」


 下から2番目の妹。

 酔狂をこよなく愛する趣味人だが、こういう人に物を教えるとか、一緒に研究するとかも大好きな奴である。


「後は、募集ですが……」

「偶数月の月始めを開始とする。

 それに間に合わなかった者は、専門性の低い労働を条件に食と住を保証するが、次の偶数月には、必ず入学が条件だ」


 生産性の低い労働でいつまでも居座られたら、迷惑だからな!


「手の空いている講師は、教科書の作成や修正等、教育の質を上げる作業をしている限り、給与を出すし、研究等を行う場合も有益であれば支援する」


 かなりホワイトな職場環境を提供するから、質の高い探索者を育てろよ?

 これで冒険者と同レベルだったら許さんからな?


「……大体出揃いましたね?

 後はまとめて計画書を作り、ジンバル卿にも届けましょう」

「ちょっと待ってください!

 途中で"不可"になった人間の処遇も決めませんと!」


 大体まとまったと締めに入る俺達をミネットが慌てて制止する。


「……ああ。

 それも講師に一任しようと思っている。

 例えば、計算までは出来たが、薬草の見分けで躓くなら、商人を紹介するみたいにな。

 そうすれば、自然と講師間の連携が生まれそうだろ?」

「……上手くいきますか?」


 まあ、これが原因で自分の本拠地が乱れても困るからな。

 だが、


「……結局、冒険者として離れていくのでは?」

「うん。

 俺もそう思う」


 冒険者と言うアウトローを気取った連中が、落第してメンツを潰された街にいつまでもいたいとは思うまい。

 講師の伝手で再就職が叶えば別だろうが、そんな殊勝な考えが出来れば、そもそも落第しない気がするし……。

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