第312話 ドラグネアの混乱
「何故もっと早く報告をしなかった!」
「いえ、確かにご報告を挙げさせていただきました。
辺境伯閣下が行方不明であると……」
「……」
アタンタルから呼び寄せた代官を怒鳴り付けたシュールは、代官の反論に沈黙を返す。
グリフォス陥落の報告を行って、なお帰ってこないユーリスに不信を覚えたシュールが、アタンタル代官を呼び寄せて、事情を問いただし、そして今に至る。
「……つまり、最初から閣下の行方不明を演技と思い込んで、都合良く状況を動かしていたと言うことか?
……責任問題だな」
「いえ、基本的な政務はシュール様に一任していると公言されてみえますし……」
端からすれば当主を亡き者にして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているようにも見える構図だと嘆くシュールに、ユーリスが一任しているからとフォローする代官。
実際、辺境伯家にはフォックレストの豊姫に、イマーマの水侯と言う上位者がおり、辺境伯夫人と2人の娘も元気な状況で乗っ取ろうなど不可能でしかない。
「……まあ、どちらにしろ。
閣下が戻られてから、裁定を受ければ良い。
今は今後の方針を考えるのが先だな……。
ご苦労。
閣下の捜索に兵を当ててくれ」
「はい」
やっとまともな指示を貰えたアタンタル代官が、慌てて帰っていくと、入れ違いでやってきたのは、今やシュールの秘書が完全に板に付いた感のある霊狐の冬算である。
「……何処かの勢力が奪い取ってくれないだろうか?」
「いきなり無茶を言わないでください」
対策を考えると言った側から、重大な問題発言が飛び出るシュールに、冬算が呆れた返事を返す。
「冬算さん。
丁度良かった。少し相談に乗ってください」
「はい?
それは何処かに何かを奪い取ってほしいと言う変な希望ですか?
反逆者になるのは嫌なのでお断りしたいのですけど?」
笑顔を向けるシュールへ辛辣に返す冬算だが、秘書の立場にいる以上、彼女には拒否権がなく……。
お茶を用意して、シュールに向き合うのだった。
「別に変な相談じゃありませんよ。
先日、グリフォスへ援軍を派遣したのは知っていますね?」
「ええ。
負けてグリフォスが陥落したのも、もちろん知っていますよ。
その辺の情報を持ち帰ったのは私の同族ですし、報告を上げたのも私自身ですから」
辺境伯家のアドバンテージの1つが、この霊狐達による早い情報伝達である。
その情報を処理しているのが冬算なのだから、辺境伯家で一番情報に強いと言っても過言ではない。
「そのグリフォスを、何処かの勢力がマーキル王国から更に奪ってくれると助かると言うのが、さっきの発言です」
「どういうことです?」
「現状のマーキル王国に支配された状況と言うのは、辺境伯家としては看過できません。
ユーリス様に所有権がある土地を戦争で奪っているんですから、メンツに掛けて取り戻す必要があります」
「そういうものですか?」
霊狐の冬算には、人間の政治の機敏は実感が湧かない。
「ええ。
辺境伯家からなら土地を取り放題だなんて思われたら困るでしょ?
ですが他の勢力、例えばジンバット王国が取り戻したのなら、そのままジンバット王国に預けることも可能なのですよ。
彼らが取り戻すのに掛かった経費を、こちらが支払えないと言っておけば、それじゃあグリフォスは返せないとなって終わる話です。
そのまま、ジンバットに開発を任せておけば良い」
「……確かに、グリフォスは労力の割に、利益が少ないような気もしますが」
昨年の利益が金貨50枚程度だったと思い出した冬算が合いの手をいれるが、
「それは間違いですよ?
このマウントホーク家の本領が、莫大な利益を上げているから割に合わない気がしているんです。
この領地、開発途中なのに私の実家より税収がありますからね!」
「そう言うものですか?」
「ええ。
金貨50枚の利益だと、裕福な子爵家くらいの収入です。
それでも本領から見ると人材の無駄遣いな気がするから問題なんですけどね……」
グリフォスへ駐留させていた約300人の人材を本領に充てれれば、どれだけの利益になるか。
家宰として、辺境伯家の全般を見ているシュールには、勿体無くて仕方ない。
自らが、あの地をグリフォスと名付けた時には、想像も出来ない話だったが……。
「さて、このまま何処かが管理を委託されてくれると助かるんですが……」
「それで良いんですか?」
「構いませんよ?
最終的な所有権は、ユーリス様にありますから、勝手に開発維持させて、税収の1割も納めて貰えば万々歳です。
……まあ、誰も手を出さないでしょうけどね」
「え?」
暗い顔で付け足す一言に疑問符を返す冬算。
「マーキルとしても穏便に他国へ売り渡したいでしょうし、マウントホークとしても他国に管理を委任したい土地ですけど、あの地はユーリス様が解放した土地ですから、こちらが何時までに返せと言ったら問答無用で返還する必要があります」
「……ああ」
「良いように利用されるだけと分かっている者は手を出さないでしょうね。
しかも返還要請を断れば、世界中から批難されるのでそれも出来ませんし」
下手に有耶無耶の内に、第三者が解放した『魔物の領域』を奪えるなんて、前例を作れば今後、解放に挑戦する輩がいなくなる。
それは全人類の損失なのだ。
誰もが批難することだろう。
「まあ改めて、戦力を整えて奪還戦を行わなくてはならないんですけど……。
そのためには閣下が戻ってきて貰わないとダメなんですよね……。
……と言うわけで豊姫殿に閣下の捜索を依頼して貰えますか?」
「はあ。
分かりました」
実情は整理できた。
しかし、結局ユーリス待ちの現状に変化がないと改めて思い知るだけとなったシュールのため息は非常に重いのだった。
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