第288話 疲れる夜会

 ユーリスがジューナス公爵に文句を言っている頃。

 辺境伯夫人ユーリカと2人の令嬢は、前回の戦勝会でマナ達が知り合った貴族令嬢達とその親に当たる侯爵夫人達と共に、休憩用のテーブルで雑談に興じていた。

 目下の話題は、国王レンターの婚約関連である。


「それでは、アイリーン皇女殿下との婚姻はほぼ破談と言うことですのね?」

「ええ、間違いないわ」

「私もそう聞いています」


 戦勝会で語られた内容が既に破綻していた。

 その噂を尋ねてきた初老の貴婦人へ答えるユーリカに、ジンバル宰相の夫人も肯定する。

 意外なことに領地へ引き籠っているユーリカの方が、下手な高位貴族より新しい情報を持っている。

 そのため、彼女の情報を得ようとご機嫌を伺う貴婦人達が多いのだ。

 これには貴族の集まりから、嫌みや悪意を受けると夜会を嫌がっていたユーリカも、拍子抜けすることになった。

 本来なら、ユーリカは次期ファーラシア王妃の候補筆頭であるマナの母親にして後ろ楯。

 悪意を向けられるのも普通のことであるが、既にその位階を飛び越していることに、気付いていなかったことによる認識の違いが原因だろう。


「……それではマナ様が、陛下に嫁がれる見込みはいかほどでしょうか?」

「お止めなさいな」

「そうですわ。

 まだお嬢様は幼いご様子ですのよ?」


 1人の婦人が核心を尋ねる。

 周囲は口々に嗜めるが、表情がよく訊いたと物語る。


 ……ついに来たか。

 

 自分達の娘こそ、次期王妃に推したい者達の攻撃だと判断したユーリカが、にこやかに微笑む。

 笑顔が本来は威嚇の表情だと思い出しながら、


「主人も私も互いに想い合うなら、それも良いかと思っておりますが、そうでなければ王妃に出す気はないと言うのが一致した意見ですわ。

 それに我が家は、未だ外に娘を嫁がせることが出来るほどの余裕もありませんでしょう?

 出来れば良い婿を迎えて、辺境伯家の跡を継いでもらいたいものです」


 きっぱりと王妃の地位を望まないと宣言する。

 これで下手な敵意を買わないですむと考えたのだが……。


「まあ!

 それはいけませんわ!

 レンター陛下とももっと交流をお持ちになってはいかが?」

「そうですわよ!

 私、明日のお茶会に陛下をご招待しておりますの!

 宜しければお嬢様とご参加くださらない?」

「良いですわね!」


 ユーリカの考えとは真逆の反応が帰ってくる。

 レンターの前で失敗でもさせようとしているのかとも疑うユーリカだが、


「皆様、マナ様と陛下には仲良くなって頂きたいのですわ」

「……マナ様以外が王妃になられますと、困ってしまいますの。

 辺境伯家で出せる以上の衣装や調度品を王家が用意するのですが、王妃を出した家からも足らない予算を出す必要がございますでしょう?

 可愛い娘のためとは言え、家が傾くようであれば、ご先祖様方に顔向けが出来ませんのよ?」


 特に親しくなっているフォービット夫人とジンバル夫人が、耳元で事情を囁く。


「どういうことでしょうか?」

「王妃と言うのは国を代表する女性でしょう?

 だから、全てに置いて最高峰の物を拵える必要があるわ。

 けれど、王家から出せる予算にも限度があるわけでしょう?」


 ユーリカ以外にも聞かせたいのか、囁きを止めるジンバル夫人。


「だから足らない分は、王家に嫁を出した家から補填するの。

 普段はそれで良いわ。

 王家より資産を持つ家はないし、仮に有っても奥方に掛けれる予算には限度がある。

 王家と高位貴族家の2つが協力すれば、充分対応出来るでしょう?」

「けれど、当主となれば別。

 女が当主になるなら、出来るだけ良い見栄えを整える義務がある。

 侮られる政治力や武力を魅力で補うの。

 その状況にあって、資産の少ない普通の貴族ならともかく、ダンジョン産の宝物で潤う辺境伯家にただの貴族が対抗しろだなんて怖すぎるのよ」


 女性蔑視と言えばそれまでだが、妊娠出産を担う女性が貴族社会で政治的に不利になるのはしょうがないし、かと言って、ファーストレディが他の女性以下の装飾でも困るのが、見栄で生きてる貴族社会の常識だった。


「……そのようなものでしょうか?」

「殿方の多くは女性の苦労を知らないものですのよ。

 着飾るのが義務であることにも、気付かずに無理な縁談を画策することもあって困りますの……」

「本当に!」

「何故、多くの高位貴族の令嬢が外国の貴族との縁談を進めていると思っているのかしら!」


 奥向きを担当することの多い夫人達の方がより現実を見ている。

 ファーラシア国内では、マナに比べられて困る子女達も他国へ行けば、マナへのコネクションとして売り手市場になるのだ。

 勝てない相手なら敵に回すより、後ろ楯にしてしまう割り切りの良さでは、男達では敵わない。


「それでお茶会には来ていただけるかしら?」

「……はい」


 ユーリカもまた自分達の後ろ楯に引き込みたい女性陣の圧力に頷くしかなく、別の意味で疲れる夜会なのであった。

 

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