第285話 異世界の大晦日
観ているだけのオークションも無事に終わって迎えた大晦日の朝。
王都別邸はここ数日の大騒ぎが嘘のように静まり返っている。
数日間を掛けて、別邸内を隈無く大掃除していた使用人達は、専属の一部を除いて、昨日の夜からそれぞれの家に帰って英気を養っている。
彼らが屋敷に戻ってくるのは明後日の朝であり、それまで別邸は静かな日々を送るらしい。
「お正月なのに……」
「そう不満そうにするな。
明日は朝から華やかなお茶会や夜会がてんこ盛りだぞ?」
地球で過ごしたこれまでの正月とは真逆に近い静かな正月。
それは幼いマナには不服なようなので、正月らしいイベントがあると諭すが、
「それだって王城でずっと待機でしょ?」
「しょうがないさ。
辺境伯家のご令嬢が近いとは言え、屋敷と城を複数回も往復するのは経費の無駄遣いだからな。
それにマナはまだマシだぞ?
俺なんて今日の昼から、ずっと拘束されるんだから……」
これからの予定に思わず遠い目になってしまう。
辺境伯夫人であるユーリカや辺境伯令嬢であるマナ達は、その立場での予定しか入っていないので、隔日で茶会に出席するくらいだが、俺は辺境伯家の当主に加えて守護竜としての地位があるので、これから10日くらいは予定が埋まっているのだ。
そもそも、
「日本と違って正月をお祝いしましょうって風習がないからな。
秋の収穫があって税収調整をして、来年の予算編成を王宮に報告に行くのがこの正月の時期で、多くの貴族が集まるので、互いの顔繋ぎのために会合が開かれる。
王都に集まったのに、王宮がハブられるのは面子に関わるから、王宮も積極的に場所を貸したり、主催をしてアピールする」
「必死過ぎ……」
「それで争いが減れば安いもんだよ」
呆れるマナに返すと眉をひそめられた。
「?」
「王宮はこんなに凄いんだぞって見せると、
これは勝てない!
逆らわないでおこう!
ってなるんですよ」
レナが横から解説をしてくれる。
「……子供の喧嘩みたい」
「そうだな。
だが、それで良いんだ。
実際に戦ってお互いに怪我をするよりも、見掛けに騙されて、従った方が結局得なんだよ。
戦争ってのは勝っても負けても大変だし、その労力を内政に向けた方が実入りが良い」
こちらの世界に来て、1年足らずで紛争2回、戦争1回に巻き込まれた者としてはつくづくそう思う。
「勝っても?」
「勝ってもだ。
お金か、土地を奪わないと味方が許してくれない。
だが、奪った分だけ相手に恨まれる。
誰もが納得する正解は絶対にない」
「……」
「だから借金してでも見栄を張るんですよ。
そうしないと侮った相手が攻めてくるので……」
「東南紛争がまさにそれだ。
俺は冒険者上がりで大したことがないと、勝手に侮って喧嘩を売ってきたのが発端だしな」
最も……。
あれは不可避な争いだった。
逆に発端となった貴族達を皆殺しにすれば、恨みと恐れを抱いた南部閥貴族と即座に争いになっただろう。
甘い対応で時間を稼ぐしかなかった訳だ。
「侮られないように……」
「だから~、マナーを学んだり、お洒落なドレスを着るんですよ~。
教育を受ける余裕があ~る。
ファッションを楽し~~むお金がある~。
だから~、財力や権力がある~と~、言う印象を~相手に与えることが出来る~です」
「……」
「マナーを学ぶことは、異物感を取り除く意味でも重要だ。
変な服装の人間が自分より権力を持てば、自分達もそういう服装を強要されるかもしれない。
だから強い圧力を掛ける。
変な奴が自分より偉くならないようにな?」
今、勇者連中が苦しんでいるのはこれが原因。
逆に、
「変な行動も、最上位に立てば変でなくなるんだぞ?
俺が頭にネクタイを巻いて、明日からの夜会に参加すれば、それがこの国の普通になってしまう」
「恥ずかしいからやらないでよ?」
「もちろんやらないさ。
だが、恥ずかしいなと思いながら俺と同じ感性を持っていると主張したい連中が真似を始め、その輪が広がって当たり前になるのが社会ってものだ」
「類友~」
「そうだな。
だらしない格好の奴の回りには、だらしない奴が集まってくる。
自分と同じ感性の仲間が居れば、安心できるからな。
たまに立ち止まって周囲を見てみると良い。
周りにいる友達は自分の鏡だ。
それがアホな連中ばかりなら自分も同レベルだと自覚して、今後の身の振り方を考えないとな」
「本~当~。
パパの~、周りは悪~巧み~な人しかいない~」
人が教訓話をしているのにレナが頻繁に茶々をいれてくる。
しかし、内容は否定しない。
勇者連中なんて明らかに俺を避けているしな!
「……だいぶ話が逸れたな。
要はこの世界では、正月はめでたくないと言うのが結論だ。
まあ、俺達みたいな高位貴族は王城に連泊することになるから、暇な使用人は休めるし、税収調整の段階で年俸を受け取った彼らは懐が暖かい。
故に、正月から3日くらいは彼らの財布を狙った商人達が活発に商売をするから、職人街とかは賑やからしいぞ?」
「……」
「……ちなみに俺達みたいな高位貴族が、城に拘束されているお陰でより経済効果が大きくなり、国が儲かる仕組みだ」
少しでも機嫌を損ねれば自分の身が危なくなるような厄介な連中が絶対にいない環境だから、より活発な商取引が進む。
警備兵が少なくなるので、若干治安が悪くなるのも事実だが、年に1度のガス抜き扱いだし、誘拐や殺人のような重犯罪には発展しない。
この時期に王都でそんな大罪が起これば、王国の威信に掛けて関係者を根絶やしにされるんだから……。
「お祭りはあるってこと?」
「お祭りみたいな喧騒にはなると言うことだ。
ただし、俺達は参加出来ない」
「周囲に~、迷惑ですからね~」
俺に続くレナの言葉にがっくりと項垂れるマナを見ながら、ドラグネアで祭りを1つ用意してやろうかと思案する。
来年以降、秋は収穫祭があるのだし、春の祝いを考える方針にして。
……コンコンと言うノックが響いた。
「入れ」
「失礼いたします。
旦那様、お嬢様方、王宮よりお迎えでございます」
「わかった。
ユーリカも呼んでくれ」
「はっ」
許しを受けて入ってきたリッドにユーリカを呼ぶように指示して、娘2人を見れば……、
「行きましょ」
「ですね~」
一応、切り替えた顔を向けてくれるのだった。
これから2日、この屋敷には警備の兵士と取り次ぎ役のリッドだけになる。
より閑散とすることだろうと思いながら、玄関の馬車へ向かうのだった。
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