第286話 新年祝賀会での戦い

 きらびやかな広間に豪奢な食事が並び、着飾った男女が、あちこちを飛び回るように動き回って、にこやかに談笑を交わす。

 その様は、さすが大国となったファーラシアの王宮が主催する新年を祝う宴と言う感じだが、


「見栄を張るのも大変だな」


 と言う感想しか出てこない。


「今年はなおのことじゃよ。

 来年からはもう少し全体的な質を落とすことが出来るはずじゃ」

「まあ、内乱で疲弊していると思われる訳にも行かないからな……」


 広間から2階に続く階段の先。

 踊り場から下を観ている俺に、ジューナス公爵が応える。

 俺達の間のテーブルに並ぶのは、下の広間の料理よりも数ランク落ちの食事達。

 ……ホスト側の待遇なのは、しょうがない。

 王国一の兵力を持つファーラシア王家とNo.2のマウントホーク辺境伯家が昵懇であると見せ付けるために要請された夜会参加だ。


「俺も奥の間の夜会に出たかったんだがな?」


 嫁と娘2人は、高位貴族が集まる奥の会場で行われている夜会にゲスト側で参加している。

 あちらの方が料理のグレードも絶対上だし、呑気に飲み食い出来るはず。


「そう言うな。

 マウントホーク辺境伯が王宮夜会のホスト側にいると見せ付ける必要があるのは理解しているじゃろう?」

「……そうだな。

 下手な離間工作とかを受けるわけにはいかないし」

「もっと言うなら、私もお前さんの被害者じゃよ?」

「良く言うよ」


 被害者面するジューナス公爵へ突っ込む。

 確かに、マウントホーク辺境伯家が1年で台頭し過ぎたせいだし、そのために王家との信頼関係が、育っていないと判断される可能性を考慮して、王の代理人でもある公爵と領地貴族が多く集まる、この広間で談笑している訳だが、当初の"狼王の平原"解放くらいの状況でじっくり内政を進めるものであれば、こんな喧伝は必要なかった。

 あの規模の時期なら、諸外国から目を付けられる程の力はなかったはず。


 ……違うな。

 ある程度、内政が落ち着くまで関わらないようにすると言うのが正しい。

 開発初期に手を貸せば、多くの資金や人材を投入することになり最終収支が赤字になるかもしれないし、後期になり周囲から出遅れれば相手にされなくなる。

 領地経営が軌道に乗る寸前のタイミングを見計らっていただろう。

 そのタイミングは最初期の予定では、5年後くらい。

 王家と辺境伯家が既に切っても切れないほど強固な結び付きを作っているはずだった。

 そのもくろみを台無しにしたのは、


「分かっとる。

 自分達の利益のために南部の争いを放置した王宮のせいでもある」


 南端でボーク家と周辺貴族の争いが起こり、そのタイミングでマーマ湖の海上交易路が通った。

 結果、南部を通る流通網が細って、困窮した貴族達が水晶街道の利権に手を出そうとしたのが、東南紛争の原因だ。


「しかも、その目的はレッドサンドとの交易路を西部経由にしておきたいと言うものだろう?」


 完全に支持基盤の西部閥へ配慮しすぎたのが原因である。


「うむ。

 まさか南部の連中が己の生活より、プライドを優先するとは思わんかったと言うのもあるがな」

「違うぞ?」

「うん?」


 どうやら、ジューナス公爵も無意識に南部の連中を古い貴族だと言う先入観に捕らえれられているようだ。

 これは法衣と領地の貴族が上手く付き合えんはずだわ。


「領地貴族と領民の距離ってのは意外と近い。

 特に南部は細切れ領地を与えられて、困窮気味の貴族とその領民の集まりだしな。

 領民の生活が滞るほどの不況になれば、それの解消に動かざるを得ないのが必然だ」


 その証拠に今回動いた貴族の大半が南部の中央より東側の貴族。

 レッドサンドやゼイムと交易が完全に切れていない南部西側は、僅かな貴族しか参加していない。

 もちろん、ギュリット侯爵家の呼び掛けで動いた連中もいるので一概に言えないのも事実だ。


「貧しい領地に伯爵と言う不釣り合いに高い爵位を与えて、独立独歩でやりがい搾取をしていた歴代宮中貴族の失態こそ原因だな。

 子爵や男爵位で立てれば、南部侯爵家の経由で援助が必要だった。

 ……違うか?」

「痛いところを突いてくるのう……」

「そっちが先に口撃してきたんだろう?」


 俺の辞書には、殴って良いのは、殴られる覚悟のある奴だけだと言う格言がある。


「分かっとる。

 爺の軽い冗談じゃよ」

「……ふん」


 敢えて逃げるジューナス公爵を追及する真似はしない。

 少なくとも、これで向こうに1つ貸したのは事実だし、薮蛇を出す気もない。


「……しかし、お前さんが奇襲を受けなければ、ここまで大事にならなかったのでは?

 と言う声もある」


 貴族としてではなく、軍人としての失態にシフトしてきたか。

 確かに判断ミスで無駄な死者を出したのは事実だが……。


「無茶を言う。

 個の武勇で成り上がった者に軍才を?

 ましてや、敵に情けを掛ける必要がありますかな?」

「……そうじゃな。

 畑違いも甚だしいものじゃわ」


 よし、言質を取った。

 これで俺を責める要素は軒並み消したか?

 ……しかし、何が悲しくて、新年早々にマウントの取り合いをせにゃならんのだ。

 つくづく因果な商売だ。

 勇者連中は大丈夫か?


「師匠!」


 俺が変なことを考えたせいか?

 聞こえてはいけない声が聞こえてしまった。

 目前のジューナス公と目を見合わせ、共にため息を出してしまうのもしょうがない話だろう。

 階下には、杉田、大池に御影。


「……さてどうしたものか」

「叱るしかないだろう?」


 個人的な付き合いがあるとは言え、圧倒的に格上の貴族へ公の場でやって良い行動ではない。

 あいつらのためにも、叱り付けるのが大人の仕事だろう。

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