第283話 近況報告 アガーム・ラロル

「次は姉上にファーラシアと同じくらい影響を与えそうなアガームね。

 コブシーデは飛ばすとして……」




『ノイッシュ・アガーム

 アガーム王国の現国王

 ノイッシュは王太子時代までの名前であり、現在はアガーム8世と名乗っている

 先々代の時期から行き詰まっていた対外政策を武力外交から調和外交へ転換し、国力回復に努めた賢王と称えられる』




「姉上の領地に近しい勢力としてはありがたいわよね」

「しかし問題もございます。

 弱腰の王と侮る声も多く、未だに後を継ぐ者がおりません」


 トルシェの感想に懸念を進言するコブシーデ。


「結構な歳よね?」

「はい。

 何人かの公爵子息が声を挙げておりますが、決め手に欠けております」

「そう……。

 必要なら小国群への親征を手配なさい」

「はっ!」

「お待ちを!

 国内の不満を逸らそうとラロル帝国が小国群への干渉を強めております!

 下手な刺激を与えれば、両国の全面衝突も起こり得るかと!」


 王太子指名を目指す者が戦争を吹っ掛けるならその方向を小国群へ向けるように指示するトルシェだが、それにブルーノが待ったをかける。

 ブルーノが住まう東大陸の国は、ラロル帝国の元宗主国。

 随分昔に独立し、国同士の繋がりは絶えたとは言え交流を続ける貴族や商人がおり、情報が入ってくるのも必然。

 しかし、


「それは問題ありません。

 表向きこそ、小国群への侵攻を企むようにみせておりますが、それはミーティアに住まうマナ・マウントホーク嬢を連れ去り、ユーリス様への圧力を掛けようとしてとのこと。

 しかし、軍の用意をしていた矢先に真竜種の出現と圧を掛けようとした相手が、その盟友であると知った皇帝が、誤魔化しのために小国への攻撃を行ったのが真相です。

 現在のラロル帝国はサザーラント帝国方面に向けた海路開拓を主眼に置いておりますので」


 そのブルーノにラロル帝国軍に籍を置く密偵が、ラロル帝国の真意を報告する。


「ちなみにラロル皇帝より、我が国はファーラシア王国への敵対意志はないと伝えてほしいと伝言がございます」

「そうなの?」

「はい。

 現帝室は元を辿れば、東大陸のアーランド王国の流れを組み、その祖となるのが竜王ラヘット様です。

 そのラヘット様のご母堂様の主君筋に当たるセフィア様に敵対しようはずがございません!」

「じゃあ良いわ」


 矛盾が多い報告ではあるが、わざわざつつくこともない。

 この密偵が裏切り、ラロル帝国を優先するなら帝国ごと潰せば良いと判断したトルシェは軽く返す。

 対軍勢において妹達はもちろん全盛期の姉よりも優秀だと言う自負のあるトルシェの判断は軽い。




『ケビンズ・ラロル

 ラロル帝国皇帝

 中央大陸でも最も栄える国の1つを生まれながらに与えられることが約束されていた男

 その生まれに応えるように幾つもの改革を成功させてきた名君

 しかし、この一年の間に急激な社会情勢の変化を受けて、対応に四苦八苦しており、胃に穴が開いたと周囲に漏らしている』




「「「……」」」

「私見でございますが、ユーリス様の被害を最も受けている方の1人だと思っております」

「それほどの被害なのかしら?」


 沈黙を破って、先ほどの密偵が心境を語る。

 報告書を挙げたのが別の密偵であることから、信憑性が高いと判断したトルシェが尋ねると、


「酷い被害です。

 商船団がグリフォンに壊滅させられた影響で民間人に5千人以上の死傷者があり、その対応に当たった陸軍1師団の全滅で、帝国の税収3年分の資産消滅。

 グリフォン討伐の実績があるユーリス様に依頼を出そうとして、派遣した使者が交渉を決裂させたので、来年以降の税収減少も間違いない状況でございます」

「交渉?

 問答無用で退治しろだったと思うわよ?」


 ネミア経由で情報を知るトルシェが反論すると、


「皇帝は、グリフォン討伐の報酬として、東大陸との交易港の1つを使用する権限と金貨1千枚を準備されたのですが……」

「どうしたのかしら?」

「その港を管理する公爵と使者が共謀しました……」


 公爵としては港を管理する権限が減れば、不利益を被るし、使者は高額の依頼料を懐に入れたかったと言うわけだ。


「幸い、ユーリス様が使者を斬ったために悪事が表に出ましたが、そのまま暗躍の事実が闇に葬られればどうなったことか……」

「そう……。

 けれど、それがどうしてマナの拐かしに繋がるのかしら?」

「その時点でゼファート様は確定情報ではありませんでしたので、軍部と外交部が独自に動いたと言う次第です。

 特に軍部はグリフォン討伐の失態を、挽回しようと暴走ぎみでして……」


 軍が強くなければいけないのは、自明の理。

 負けっぱなしでいられないと言うのは事実だ。

 しかし、


「ユーリス様には徹底的に嫌われておりますよね。

 年末にはサザーラント親征の欲を刺激されて、ラロル帝国の財政は火の車です」


 今回は、トルシェ様からゼファート様へ仲介していただきたいとも考えておりましたと結ぶ密偵。


「……私から姉上に情報は流しておくわ」


 ゼファート=セフィアでなければ、圧力を掛けてもらおうと企んでいたと想定するトルシェだが、ユーリスがラロル帝国の内情を知っておくのは利益が大きいのでそれだけは確約する。


「さて、後は癖の強いトランタウ教国と他2国ね」

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