第276話 年末オークション 前

 シュール達の言い争いに巻き込まれた日から5日。

 大晦日を明後日に控えた俺は、ユーリカと2人でジンバル侯爵の案内の元にとある劇場へやって来ていた。

 劇場の貴賓室へ上がるとそこにはレンターが待っており、俺達夫婦を隣のソファーへ招く。


「さて、まもなくオークションの開演です。

 今日は貴族の嗜みを学ぶ程度の軽い気持ちでご観覧ください」


 貴賓室の脇にある木製の椅子とテーブルを引っ張り出してきたジンバル侯爵が笑いながら、舞台を指差せば、まさにキザな仮面の男が開会を告げる声を出す。


「……何故にオークション?

 この年末の忙しい時期に?」

「あら? 楽しそうじゃない」


 文句を言う俺に対して、ニコニコしている嫁が反論を返す。

 俺は時期を問題視しているのだが?


「この時期だからですよ。

 まず、年始の集まりで普段は領地に籠っている貴族達が参加出来る点。

 ついで、年末年始で懐の寂しい貴族の救済……」

『最初の品は!

 主催する王家より"男爵位"3つでございます!

 まずはマーゴレル男爵位の入札に入ります!

 金貨3万枚から!』

「……最後に王家の資金調達ですね」


 ジンバル侯爵に釣られて見た司会の手には、任状と思わしき紙がある。


「……そんなに困窮しているのか?」

「いえ、そんなはずは!」


 じっとレンターを見ると慌てて否定されるが?


「もちろん内乱で疲弊したとはいえ、王宮の財政は健全です。

 これは言わば、平民や下級貴族へのチャンスの提供ですね」

「ついでに王宮の財源をってところか?」

「そんなところです。

 何分、目に見えない功績を拾い上げることは出来ませんし……」


 つまり、財を成して爵位が欲しければ、王宮にねだらず、自力で勝ち取れと言うことか。

 その割に、


『……入札割れです。

 気を取り直して!

 マカレール男爵位の入札に……』

『3万5千!』

『3万6千!』


 マーゴレル男爵位は入札者が現れずに流れたようだ。

 対して、同じ男爵位にも関わらず飛ぶように値が上がるマカレール男爵位。


「出鼻を挫かれたようだが?」

「高位貴族達にも入れ替りがあったので、行けるかもしれないと思ったんですが、……無理でしたか」

『出ました!

 5万4千!

 これ以上はないか!

 本当にないか!!』

「……マーゴレルとはすごい差ね」

「……おそらくマーゴレルは、情報不足の誰かに引き取って欲しかった爵位だろうな。

 マカレールとの勘違いを狙ってるぞ?」

「え?」

「さすがは、辺境伯殿。

 分かりますか」

「……そうだな。

 マカレールは法衣貴族だった。

 それに対して人気のないマーゴレルは役職なし貴族か?」


 役職なしの貴族の場合は、爵位と言う僅かばかりの名誉はあるが、その維持に納税の義務が生じるはず。

 コスパの良し悪しは、人それぞれだが俺ならほしくない称号だ。

 そう思ったのだが、


「残念ながら違います」

『続いて、マイカーム男爵位の入札に移ります』

『3万10!』

『3万20!』


 あっさり否定された。

 じゃあどういう爵位だろうか?

 考えを巡らせている間にも時は進み、3つ目の爵位に移ると誰も入札しないと言うことはないようだが、その幅は10枚単位でゆっくりしたものになる。


「これは2人で争っているな?」

「あの2人は南西部に領地を構える貴族で、共にマイカーム領を通らないと王都へ抜けられない土地の領主ですので」

「相手に圧力を掛けれると言うことか」

「でしょうな」


 それにしても似たような名前の男爵位を、3つとか王宮貴族と言うのは性格の悪い連中だな。


「マーゴレル男爵は僻地の貴族なのかしら?」


 マイカーム男爵領の実情から、ユーリカが尋ねる。

 それもありそうだと俺も思ったが、


「いえいえ、王都から西に半日ほどの距離ですよ」

「エトル砦より近いんじゃないか?」


 これまたあっさり否定された。

 しかしヒントは手にいれたな。

 ……王都奪還の最終決戦の地になった砦を思い浮かべ、そこから王都への道程を思い出すが、男爵領に該当しそうな土地は思い当たらない。


「近すぎるのですよ。

 その距離ですと、商人のほとんどは特に立ち寄ることもなく素通りします。

 王都の門限に間に合わぬ者くらいしか利用しない村ですね」

「……近すぎるのも立地としては悪いのか」

「ええ。

 加えて大規模な商会は夜営をしますので、マーゴレル領を利用するのは、規模が小さい上に計画性に乏しい商人が大半です。

 そのような者達が集まるので治安も悪く……」


 税収より治安維持費の方が大きいわけだ。

 ……誰も買わんわな。

 それを誤爆させようと近い名前の囮を付けて、第一バッターで出すとか悪質な。


「……ねえ?

 シティリゾートって無理かな?」


 王宮貴族の性格の悪さに呆れていた俺に対して、ユーリカが面白い意見を出す。


「!

 ……そうだな。

 フォックレストでやるのはどうだ?

 王都の左右を辺境伯家で固めるのはまずいから」


 しかし、やる場所を誘導する。

 他の貴族のやっかみは面倒なのだ。


「おや?

 どうなさったので?」

「ええっと……」

「言葉では説明できない。

 成功するかも分からないから、あまり気にしないでくれ」

「……そうですか。

 手が必要なら言ってください」

「……その時はな」


 目敏く手を伸ばしてきたジンバル侯爵をあしらっておく。

 俺に商業展開に関わるセンスはないので、この手の事業に実績のあるユーリカに任せて、上手く行くようなら、そのノウハウを広げるのが吉だと思う。


「ではその時に……。

 次に出展されるモノにご注目いただきたい。

 これこそが、今回陛下や辺境伯ご夫妻をお招きした最大の理由です」

『続きましては、貴族のお方々が秘蔵としておられました先祖代々の宝剣や花器にございます!

 ロビーで既にご覧いただいてみえるかと思いますが、これらを私達オークション主催者側は保証いたしておりません。

 改めて2時間ほど出展者方からご確認をお取りください。

 入札を希望されない方も居られると思いますので、ささやかながらお食事と楽団をご用意いたしました。

 暫し、ごくつろぎください』


 これが見せたかった物?

 中央で各家の者と思われる人間がそれぞれの出展物の横に立つが、どれも見た目はそこそこ綺麗だが、ガラクタにしか見えんが?

 ……待てよ。

 ハンマーズ・フェスティバルでやらかしたばかりじゃないか。

 俺の審美眼なんて当てにならないっと!


「ジンバル侯爵様?

 これが見せたかった物ですの?

 どれも対して立派な代物とは思えませんし、むしろ説明に立つ各家の人間の品定めのような……」

「さすがですな!

 この手のオークションで、貴族が先祖伝来の品を出す時。

 それは困窮した貴族による爵位の売買なのです」


 ……今回はガラクタで正解だったらしい。


「……爵位の売買なんて出来んだろう?

 完全な違法行為だろうが」

「いえ、抜け道を利用しての脱法行為ではありますが、王宮側も下手に藪をつつきたくないので見ないフリと言うのが実情ですね」

「抜け道?」

「ええ。

 明確に"爵位の売買"を語っていません。

 あくまでも各家の秘蔵の品をオークションに掛けたと言う体裁が整っています。

 それの由縁や来歴を語っていた子女と、購入した者の身内が恋仲になってしまった。

 ……表面上はそれだけの話です」


 江戸時代の遊郭の発想だな。

 お酌をしていた客と遊女が良い仲になってしまったので、個室に2人で愛を確かめ合う。

 どのように確かめ合うかは、個々の自由だから詮索するのは野暮な話ってやつ……。


「それで、オークション客は身内のために出資者へ多くの金を出すのか?」

「加えて、婚姻に対する持参金や援助で出展者側の家が持ち直すわけです」


 実質は相手の家の乗っ取りであり、爵位の売買と言うことか。


「……出展物に剣が多いのは、嫁で受け入れたい出展者の思惑か?」

「そうですな。

 やはり武具なら男性の方が説明しやすいでしょうし、花器等は女性の方が関わりが深いので……。

 ちなみにですが、嫁を受け入れたい家は資金さえあればどうにかなりそうな家が多いのに対し、婿を取ろうとしている家は手詰まりだと諦めつつある家です。

 今回は、内乱の影響で急な資金不足に陥った家が多いとみるべきですな」


 ……なるほど。

 現在の国家運営はそこまで破綻していないと言うことだな。

 逆に花器が異常に増えたり、毎年少なからず出展されるのなら、国政にメスを入れないとまずいか。


「影響力の大きい高位貴族が、毎年オークションへ出なければならない理由がこれか?」

「はい。

 ……我々も食事に致しましょう。

 今日は王国で1番長い1日ですからな」


 俺の確認にハンドベルを鳴らしながら答えるジンバル侯爵。

 ……確かに長い1日になりそうだ。

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