第263話 何でこうなった

 何でこうなった!

 迎賓館に客を連れて帰ってきた杉田を見付けて嫌な予感を覚えた。

 事情を説明した客人が帰った後に、俺は頭を抱えることになった。


「ええっと……。

 師匠?」

「ああぁ?」

「ご、ごめんなさいぃぃ!」


 頭を抱える俺を呼んだ杉田にうっかり威嚇するような声を挙げてしまい、怯えさせる結果になって思考を切り替えることにする。

 ……状況的にマイナスではあるが最悪のパターンではないのだ。

 指示に従ったつもりの杉田を叱責すべきではない。


「ちっ!

 ……はあぁぁ。

 ……さて、杉田。

 今の現状は分かっているか?」


 舌打ちと溜め息で気を持ち直して、目の前の杉田に問い質す。


「ええっと……。

 俺が助けたのがトランタウ北部の港街を治めるレイモンド枢機卿の孫娘で、俺の熱意を買ったレイモンド枢機卿が是非側室にって言い出した……」

「それを受けたレイモンドは俺達への挨拶も予て、孫娘をお前に嫁がせる要請をしに来た。

 ちなみに一旦保留とはしたが、既に側室にするのは決定事項だ」


 枢機卿ほどの高位権力者の孫娘を拒絶など不可能。

 ましてや彼女や枢機卿をその気にさせたのは杉田の言動である。

 下手な行動はファーラシア王国そのものの品位を落とすことになる。

 ……受け入れざるを得まい。


「……だよな。

 何でそんな高位の身分の女性が1人で出歩いてるんだよ……」

「……幾つもの偶然と必然のいたずらだとしか言えんな」

「そんな漫画みたいな表現……」

「実際に整理するぞ?

 まず、必然。

 南北に細長いトランタウ教国は交易の発達した南に行くほど豊かだ。

 例外は港街カルック。

 レイモンドが治めている街だな。

 何故此処が豊かかと言うと?」

「海洋貿易があるんだよな?」

「そう。カルックには3つの海洋ルートがあり、フォロンズ経由でラロル帝国へ通じる東方航路、北にある列島群と取引がある北方航路。

 北海岸沿いに西大陸へ抜ける西方航路があると言う話だな。

 この海洋貿易とラ・トランタウを結んで富を得ているのが、カルックだと言っていた」

「3つの航路の集合地点。……儲かるんだろうな」


 まあそう言いたくなる気持ちは分かる。

 辺境伯領ウチだって、マーマ湖の交易路が出来て、税収が明らかに増えたのだ。

 その倍とか羨ましい話だが、


「そういう話は脇に置いて、レイモンドの家庭事情だが、息子が2人おり、長男はラロル帝国の貴族令嬢を嫁にし、次男は列島群の頭領の娘を娶った。

 ……航路を安定化する上で正しい選択だな」

「完璧に政略結婚だけど……」

「それは奴らの心情であり、俺らがどうこう言う話じゃない。

 例のお前の側室は長男夫妻の娘で本来なら、カルックの街の有力者に嫁ぐはずだったのだろうが、事態が急変した」

「何故か、ラロル行き航路で交易量が激減して……」

「相対的に次男夫婦の権力が増したわけだ。

 それで長男夫婦をカルックに置いておくことで家の意見が割れる状況を危惧したレイモンドが彼らを法都に送り込んだ」


 下手に兄弟で殺し合うようなことにならないようにする為の対応だろうし、親として自然な発想だろうな。


「何でラロル方面が急速に落ちぶれたんだろう?」

「……この世界の操船技術は個人の技能に依存するからな。

 熟練の船乗りが数人引退しただけでも影響は出るだろう」

「そういうものなのかよ?」

「ああ。

 最も今回は別口だがな」


 杉田の問いに頷きつつ否定も入れる。


「何でそんなことが分かるんだよ?

 まさか!」

「すぐに俺を疑うな。

 カルックには何もしていない。

 熟練船乗りの引退のようなことなら、短期的な影響ですぐに回復する。

 街の力関係が変わるほどの影響はない。

 つまり、長期的に解決が望めず、しかも劇的な異常が起きていると言うことだ。

 起きている場所はフォロンズとラロルの間だな」

「……」

「フォロンズとカルックの間であれば、航路が封鎖されるが、減収と言うことは封鎖されていないと言うことだからな」


 疑いの目を向けてくる杉田に説明を続ける。


「ちなみにラロルの皇帝から俺が追い払ったグリフォンがラロルとフォロンズの間にある山脈に住み着いて困っていると連絡があったが、一昨日来やがれと追い返した」

「やっぱり師匠の仕業じゃないか!」

「まあな。

 レイモンドもそれを知っているだろうが、他国のことだからとやかく言えん。

 それよりも孫娘をスギタ子爵家に嫁がせて、南部へ進出する方が良策と判断したんだろうな」


 突っ込みを入れてくる杉田を軽くいなして、レイモンドの思惑を推測して口にする。


「これは偶然だが。

 しかし杉田があの娘を助けたのは必然だろうな」

「え?」

「レイモンドはあの娘を法都の権力者と結び付けたかったはずだ。

 それなりに隙を見せるように護衛に含ませていた可能性がある。

 法都の警備隊員を踏み台に神殿聖騎士のような人物へ繋げる意図があったんじゃないか?

 保護された後の家族への引渡しは警備部門の幹部が担うだろうし、そこで娘の一目惚れ扱いにすれば下手にお見合いを組むよりも痛い腹を探られないですむしな」


 俺らがやろうとしていたことの逆を向こうも狙っていたんだろう。


「……最初にファーラシアの貴族だって名乗ったら素っ気なかったのに、枢機卿に会ってから急に態度が柔らかくなったんだけど」

「娘もグルか。

 お前らの場合はそれぐらい強かな娘の方が安心かもな」


 ハハハっと笑うと何とも言えない顔で落ち込む杉田だが、本題はここからなのだ。


「さて、あの娘を娶ることでお前にはカルックとその中継点であるラ・トランタウの庇護が付く。

 これが最大のメリットだ。

 これでベリートの治安は一気に回復するだろう」


 ……俺にとっては嬉しくないことだがな。


「だが、レイモンドは北部出身で反主流派の枢機卿。

 その男が南部へ影響力を持つことを嫌う勢力もいることを忘れるな?」

「分かった」


 杉田の返事に頷く。

 これは俺にとっても重要。

 下手にスギタ子爵領やラ・トランタウ、その街道沿いで争いが起こると、トランタウ教国とファーラシア王国の関係が悪化し、辺境伯兼聖人の俺に多大な労力が掛かるだろうから、それだけは勘弁してほしい。


「後、テミッサ侯爵閥の男爵か子爵家から第3夫人が来るから、上手くまとめないと針のむしろだぞ?」

「……」

「……がんばれ」


 すがるような目の杉田と視線を合わせずに肩を叩いて激励する。

 こればかりは嫁が1人しかいない俺に相談しても解決策等出てこないのだ。

 ……諦めろ。

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