第262話 テミッサ侯爵親子
俺の聖人認定に参加していたテミッサ侯爵。
俺が彼の滞在する部屋を訪れば杉田に嫁いだはずの侯爵令嬢が一緒に出迎えてくれる。
「ようこそ、マウントホーク卿」
「お待たせしました」
歓迎の言葉を掛けてくれるテミッサ侯に軽い謝罪をしつつ、部屋中央のソファーに招かれる。
「いえいえ、お陰様で娘と話をする時間が取れました。
しかし、婿殿に側室を宛がう件は事前にご相談いただきたかったですな?」
「その件はこちらへ向かう際にテミッサ領に伝令を出したのですが、テミッサ卿がこちらへ招かれているとなると、行き違いになりますね。
とはいえ、杉田子爵へ送り込む女性の選定はこれからの予定ですので、卿の意向を反映できるのは幸いです」
テミッサ侯爵の苦情にすました顔で返す。
そもそもの原因は侯爵家の娘と従者の不始末であり、こちらはそれに対応しているに過ぎない。
侯爵家の意向は絡ませる必要のない状況で、早馬を出しただけ良心的だ。
グリフォス関係で付き合いがあるからこその対応と言える。
「おや?
既に動いているのでは?
娘夫婦が街へ
「未だですよ。
教会側の思惑を汲み取る必要もあり、調整は難航が予想されますからね」
事前に承諾の返事は貰っているが、ファーラシア王都から東に位置する辺境伯領に比べて、スギタ子爵領は王都ラーセンとトランタウ教国を結ぶ街道沿いにある。
つまりこの国での影響力が増すと言うことだ。だから下手な家柄の女子を送り込めず、かと言って側室として送り込む以上はあまり身分的に高い女性は問題があるだろうし、相当難しい問題だろう。
そこに俺が巻き起こした奇跡が影響力を及ぼすので、更に問題を大きくすることになる。
「帰国ギリギリのタイミングで片付けば御の字でしょうね」
他人事に聞こえるかもしれないが、失敗しても俺がレンターに協力して、スギタ子爵領安定の為の調整はしたのは事実だ。
上手くやれなければ困るのは、杉田と教国にファーラシア王宮であり俺には何の問題もない。
むしろ失敗してくれれば、俺が手を貸したのに上手くまとめられなかったと言う実績が残る。
そうなれば王宮は俺に借りを作ることになるわけだし、更にスギタ子爵領への梃入れをするなら、今度はファーラシア王宮から俺へと利益を提供する必要も出てくる。
杉田には悪いが実は俺も敵なのだよ。
外聞を守るために最大限のお膳立てはするが、親身になってまで助ける気はない。
スギタ子爵領が安定しなければトランタウ教国とファーラシア国境沿いを東に進んだ後に南下するルートを介して、このラ・トランタウとマウントホーク領の交易が進む。
その街道はベイス伯爵領とミカゲ子爵領を通ってマウントホーク領に繋がる。
つまり、スギタ子爵領の利益はマウントホーク辺境伯派閥の不利益になるのだ。
それでも手を貸したのは王家との取引の結果にすぎない。
そういえば、今回の使節団には杉田の味方は1人もいなかったな。
……この父娘も引き込もう。
「……杉田もいないし、裏の事情を明かしましょう。
先日、馬車で言ったようにテミッサ令嬢と杉田を離縁させたいと考える勢力がいるかもしれないと言うのは可能性として低いことです。
私はあくまで『そういう勢力がいるかもしれない』と言ったでしょ?
いない可能性の方が遥かに高くてもゼロじゃないので嘘ではない。
後、それ以上に杉田を妨害したい勢力がいる可能性が高いけれど、それは尋ねられなかったので態々話さなかったが、それもしょうがないでしょ?
……他家の当主にお節介で言うほどのことではないですしね?」
と明かす。
イベントを発生させて失敗すると言うのが、この使節団全員の利益であり、この2人とも合致する利益なのだ。
特に令嬢にとっては自分の子供が世継ぎとして足場を固めてから、愛人として囲うくらいの方が安全牌。
下手に向こうが男子、令嬢側が女子を出産すれば苦労するのが目に見えているからな。
テミッサ侯爵としても孫へ援助するのと血の繋がらない義理の息子の子供へ援助するのでは、大分意味合いが違うだろう。
ここは実情を開示して恩を売るべきと判断する。
「なるほど、では現状で婿殿が新しい側室を持つ予定はないのですな」
「それは違いますよ。
私達は出来得るかぎりの協力をします。
しかし、それが上手く行くかどうかは子爵と教国の担当者の力量次第」
「おお、すみません。
そうでしたな。
婿殿が上手くやるように祈っておきましょう」
貴族らしくない直接的な言い回しは、自身の不安を断つためのものだろうが、それで言質を取られるわけにもいかない。
テミッサ侯が情報を教国側にリークする可能性もあるしな。
俺の言質を手土産に利用して、自分達に都合の良い女性を側室に擁立する方が侯爵家の利益になる。
だが、そうなればマウントホーク辺境伯領の不利益となり、テミッサ侯爵家やスギタ子爵家と表立った対立へと進まざるを得ない。
こっちにも配下への体面があるので自分のせいではなく、テミッサ侯のせいだと言い張る必要が発生し、敵勢行動をとらないといけない。
テミッサ侯爵側もここで俺の言質を取ってしまえば侍従達の手前、行動せざるを得ないだろう。
幾らグリフォス関係でお互いに仲良くしたいと思っても、自分達の利益追求を優先する姿は見せ続けなければ、先がないと判断した部下の離反を招く。
あえて狙っているなら、逆に妖怪染みた発想だと思うが、今回はただの失言だろうな。
「それで……。
今日は特に理由もない外出だったのでしょうか?
教国側の独断行動と言う可能性は?」
「ないでしょうね。
現状で勇み足を出すだけの利益が見込めない。
現時点での教国側から見た"勇者"の価値はレンター王や俺へと取り次ぐための取っ掛かりでしょう」
話を戻すように尋ねてくる令嬢に素直な意見を返す。
政治に関わらない彼女にとっては最大の関心事だろうしな。
「そうですか……」
「まあ、スギタ子爵が私の忠告を真に受けた状況ですので可能性はなくなりませんが、まともな令嬢が護衛も付けないで出歩くのは稀です」
「はい」
自身を振り替えって納得したらしい令嬢の様子をみながら本題に入ることにする。
「ここで会ったのも何かの縁ですし、少しご相談しても宜しいでしょうか?」
「もちろん構いませんとも!」
「実は今回の件についてですね……」
俺の表情から侯爵も自分達への利益がある悪巧みだと思い付いたらしく、楽しそうに快諾の返事をくれる。
それに頷いた俺は、ベストリアの甥の婚約者を侯爵に探して貰うように頼む。
今、ミフィアが探っている件でこちらの懸念が正しければ、ジンバット王国との結び付きを強くしておくに越したことはないから……。
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