第256話 悪い大人達

「さて、卿の考えを訊こうかな?」


 ネッサが完全に立ち去ったのを確認したジューナス公爵が問い掛けてくる。


「はて?

 何かありましたか?」


 それにすっとぼけながらニヤニヤと笑う俺に向こうも意地の悪い笑顔で応える。


「王宮の方はゼファート殿へ一任すると言う結論が出ている。

 すっとぼける必要はないぞ?」

「何のことです?」

「卿の性格から言ってあの男を留め置くのが分からんのだ」

「まあ、何処か街の外で消息を絶ってもらった方が、安心なのは間違いないですね」


 街の外は危険が一杯だ。

 ……盗賊とか山賊とかのな。

 彼らに襲われた所で、私設軍の兵士なんて誰にも気に掛けられないだろう。


「うむ。

 この辺には人を食う性格の竜までいるからな!」

「彼はグルメなのでわざわざあの程度の小者に手を出しませんよ。

 ……口は出すかもしれませんが」

「……そういうことにしておくか」


 公爵の探りにあの男をわざと殺さなかったと自白して、話題を本筋へ向けることにする。


「……そうですね。

 正直な話でアイリーン皇女の暴走はありがたいと言うのがファーラシア王国としての本音なんですよね。

 元大国の皇女何てろくな王妃にならんでしょ?」

「全くもってな!

 ミルガーナ帝も内部からの切り崩しを目論んでいた可能性があると我々は踏んでいる。

 馬鹿な公子と皇女に感謝せねば」


 花嫁を迎えられると浮かれていたレンターの前ではついぞ言えなかった本音トークを始める。


「しかも今のネッサとやらの話で世代間に溝があるのも確認出来ましたし、裏工作なしでも更に混乱が広がるでしょう」


 あの男のようにケーミル公爵を慕う勢力の暴走もあり得そうだし、それなら言うことなしだ。


「うむ。

 それで?

 卿はどういう行動に出るのだ?

 あの男を留め置いた理由は?」

「彼には自由騎士の称号を与えて、ラロル帝国へ向かってもらおうかと思っています」

「自由騎士でラロル帝国か……、焚き付けるのかね?」

「ええ。

 ラロル帝国にとってライバルであるサザーラント帝国の衰退。

 仇敵たるアガームと手を結んででも海路を拓いて干渉したいでしょう?」


 ラロル帝国とサザーラント帝国は同時期にこの大陸に進出してきた国同士の関係なので、互いを意識している。

 互いに距離があるので表立って争うこともなかったが、サザーラント帝国を崩壊させることが出来れば、ラロル帝国としては中央大陸最古参の称号を得られるので、このチャンスを逃すことはあり得ないだろう。

 ケーミル公爵家の私兵がファーラシア王国で自由騎士の称号を得てラロル帝国へやってきたと言うことから、ファーラシアがサザーラント帝国を援助する気はないと理解もするはず。


「そしてニューゲート領を介して、利益を得るのが貴殿じゃな?」

「クチダーケ侯爵に貸しもつくれますしね」


 アガーム王国内で物資の調達をしなければならなくなるラロル帝国は、ケランド王国の保護を止めてクチダーケ侯爵に協力する可能性が高い。

 ケランド王国で調達出来る物資には限りがあるのだ。

 ニューゲート領ペルシャンまでの航海を可能にする物資は調達出来ない。


「なるほど。

 それでネッサは旗頭と言うことじゃな?」

「ええ。

 あの男がラロル帝国軍の力を借りて、サザーラント地域を解放して、そのまま新しい政権を興せば、ラロルと同時期に入植したサザーラント帝国は滅亡ですから」

「……乗らん手がない。

 ネッサにはラロル帝国の上級貴族が娘を嫁がせるはずじゃしな」

「そのどさくさでケーミル公爵が救助出来れば、騙したことにはなりませんし……」

「元々、手を貸すとしか言っておらんくせに」

「確約出来るほどの余裕がないだけですよ。

 ……サザーラントとはどう転んでも取り引き出来ないので、ここは新しい国に生まれ変わってもらわないと」

「そうじゃな。

 それにしても皇女に道連れにされる民に同情するぞ」

「何言ってるんですか。

 ファーラシア王国の下にはなれないと暴走したのは彼らです。

 選択の結果でしょうに」


 悲しげに呟く公爵に対して、俺はそっけなく返す。

 これはあの国の土地に直に滞在した俺と伝聞でしか知らぬ、ジューナス公爵の差だろうな。


 ……コンコン。


 丁度、切りの良いタイミングでドアがノックされる。


「スギタ子爵閣下をお連れしました」

「どうやら着いたようじゃな?」

「ええ。

 この話はここまでに……」

「分かっておる」


 公爵と小声で確認を取った俺は、


「入れ」


 と、杉田を部屋に招くのだった。

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