第257話 北へ向かう馬車

 レンターに連絡して、ケーミル公爵家の私設部隊兵士ネッサに自由騎士の称号を与えて、ラロル帝国への紹介状を持たせる。

 その間にニューゲート巫爵への手紙を書いて、ペルシャンの海兵数人を送るように要請し、軍務卿に依頼して王国軍からネッサの従者が出来そうな奴を貸し出してもらう。

 全てが調いネッサが出立するのは、俺達がベリートを立って数日後。

 故に俺達が出立する段階で再びネッサが土下座で感謝する一幕があったが、それを除けば順調な出立となった。


 トランタウ教国の首都である法都ラ・トランタウへ向けて出立する馬車は3台。

 王宮使節団が乗る王宮からのレンタル品2つと、杉田とその嫁が乗るスギタ子爵家の馬車に、護衛の騎兵と言う編成である。

 しかしそれはあくまで名目上の話であり、俺がスギタ子爵家の馬車に乗り込んでも問題にはならないので、国境までの数日はそちらに同乗する。

 その車内で俺は、


「さて、何であなたが同行することになったか分かるか?」


 威圧を込めた視線を向けながら、杉田の嫁であるテミッサ侯爵令嬢に問い掛ける。


「……はい。

 我が家より遣わせたレミントンの行いとそれを止められなかった責任から離縁を求められ、実家へと送り届けられると……」

「……」

「いや!

 俺は何も言ってないよ!」


 彼女の口から語られる悲観的な未来予想に、その原因と思われる杉田を睨んだが全力で否定される。


「杉田からは何と言われている?」

「ファーラシア王国の貴族達が私と子爵様を離縁させて、自分達の縁故の女性を新たに嫁がせようとしていると……」


 ……間違っちゃいないんだが。


「あくまでもそういう勢力がいると言う話だ。

 この使節団の団長である俺と補佐役を担ってもらうジューナス卿は、このまま2人で添い遂げて欲しいと思っている」


 彼女を安心させる意味も込めて断言する。

 下手に先走る真似をされては堪らない。

 冗談抜きでテミッサ側の落ち度で傷物になった令嬢が家に返されることになれば、彼女の行き先は修道院。

 ……場合によってはそれ以上に極端な選択を選ぶかもしれない。


「年若い令嬢が伝統ある貴族陪臣家出身の家臣を抑えるなんて不可能に近い。

 下手に別れさせるよりも、テミッサ侯爵家から援助を得た方が良策なのだ。

 離縁を言っている連中は国益よりも自分達の利益を優先したいと考える佞臣ねいしんの烙印を捺されるのがオチだ」


 問題はその勢力のトップが内務卿な点だが、彼自身は内政部の貴族が暴走しないようにストッパー役を担っているだけだと密書が届いている。

 外国とのコネがある外交部と違って、内政部は結構な数の重鎮貴族が排斥されて、国際感覚の鈍い貴族が台頭しているので舵取りも一苦労だろう。


「じゃあ!

 安心なんだな!」

「いや、俺とジューナス卿は良いが、同行している男爵や騎士爵には注意しろ」

「「え?」」


 下手に気を抜かれても困るし、今後の注意喚起も兼ねて少し警告しようとすれば、夫婦で顔を見合わせた。


「騎士爵達は外務省の役人ではあるが、トランタウ教国との折衝が担当だ。

 ファーラシア王国とジンバット王国の仲が悪化すれば、彼らの役割も大きくなる。

 それにトランタウ教国から迎える第二夫人を第一に繰り上げて、恩を売れば今後の折衝が優位になる」

「「???」」


 ……目を白黒させている。


「ファーラシアとジンバットの仲が悪くなれば、その街道の流通が悪くなるから、トランタウやマーキルを経由するルートの価値が上がり、その利権を安定させるために教国から迎える女性の格を上げる。

 そのための窓口になれれば、かなりの利益が見込めるわけだ」

「その辺は分かるんだけど……」

「実際に体験しましたし……」


 ……そういえば、ベリートがそれと同じ状況に陥っていたな。


「それよりも外務省って?

 外国とのやり取りは外交部の仕事じゃないのか?」

「……そっちか。

 外交部ってのは、実際は国の組織じゃない。

 諸外国とコネクションの強い貴族の集まりだ。

 対して、ファーラシア王国の外交折衝を担う組織が外務省。

 こっちは外務卿の指示の元に動く」

「けど!

 師匠は外交部を覚えておけば良いように言ってなかったかよ?」

「領地貴族が主に関わるのは外交部だからだ。

 今回の使節団だって、騎士爵はジューナス卿の指揮下にいる外務省の役人で、男爵達は俺の雇った外交部に属する貴族だぞ?」


 建前上、貴族を貴族が雇うことは出来ないので、支払うのは給金ではなく手助けに対するお礼と言う形になるがな。


「……よく分からない」

「……まあ、俺も分かりづらいとは思うが、外交部ってのは無役職で暇な貴族の中でも外国の貴族と伝手のある貴族の集まりだ。

 領地貴族が外国に頻繁に出向くのは難しいので、彼らに依頼して問題の解決を図ってもらったりする」

「無駄に見えるけど重要ってことか?」

「ああ。

 彼らには頻繁に外国へ出向いて、情報収集をしてもらいたいが、役職なしの彼らの財政では厳しい。

 それを領地貴族や役職持ちがサポートするわけだが、個々の家同士でやり取りをすれば、財力のある家ばかりが富めるわけだな」

「師匠の家とウチじゃ出せる額は桁違いってことか?」

「そうだ。

 しかし、それに信用の問題もあるから縁を結ぶ家も偏る」

「知らない奴の情報は信用できないもんな!」


 ……少しは貴族として勉強しているようだ。


「ああ。

 だが、それは怖いことでもある。

 懇意にしていた家が何らかの事情で動けなくなった時に困ってしまう。

 そこでスポンサー達から集めた金を再分配し、集めた情報を保証してくれる中継ぎが必要になる」

「それが外交部ですわね?」

「そうだ。

 ちなみに外務卿も彼らの中から選ばれるからな?」


 外交部と外務省は常時お互いをフォローする関係にもある。

 外務卿は他の実務卿より入れ代わりが早いが、それは常時更新される他国の情報を実際に見て集める必要があるからであり、その外務卿が常に外交部から選ばれる以上は彼らとのコネクションは重要。

 ちなみに、


「あと、内政部も同じ感覚で良いが、内政部は王宮への陳情を担当する貴族の集まりだけに外交部より力が弱い。

 正当な主張なら内務省へ訴え出た方が良いだろう」

「……知らなかった」

「……俺だってサザーラント紛争関係でバタバタしている時に知ったんだ。

 知らなくても不思議じゃない」


 偉そうに語るが、俺も最近知った情報でもあるのだ。


「……」

「……。

 そういえばですが、男爵も信用するなと言うのは?

 彼は辺境伯様のお手伝いですのよね?」


 ため息を付いていた俺に杉田の嫁が問い掛けてくる。

 そっちは単純なんだがな。


「簡単な話だ。

 今回同行しているのはツカーズ男爵。

 奴は北部をまとめていた伯爵だったんだが、レンター即位のゴタゴタで蝙蝠だったせいで領地持ち伯爵から役職なしの法衣男爵へ格下げされた貴族だから」

「何でそんな奴を連れてきたんだよ!」

「北部をまとめていたから、教国やジンバットの情報に詳しいんだ。

 元名門領地貴族とは言え、外交部では新参だし今後の身の振り方を考えれば真面目に働くはずだ」


 ここで失態を犯せば、貧乏貴族としての惨めな末路が待っている。


「じゃあ!」

「まともな判断を下せれればな。

 奴が今の立場に堕ちたのは、レンター達に協力しなかったからだが、それを逆恨みして俺のせいだと思っていれば、暗躍の可能性がある」

「……」

「奴は北部をまとめていたから王国でも一番俺達の情報を持っていたはずなんだ。

 にも拘らず、内紛時に中立を貫いた。

 それ故に最も罪が重いと言う判断を受けたわけだが、そのことを正しく判断しているかどうかだな」


 人の感情と言うのはどう振れるか分からないから困る。

 青い顔の夫婦に王宮の闇を伝えるのも重要か。


「ちなみにアイツに関しては同行に掛かる費用が、外交部持ちでタダと言う裏事情もある」

「え?」

「常時の援助とは別に、こういう外遊時の同行は依頼貴族が金を出す物だ。

 他人を拘束しているんだから、その分の賃金が発生するのは必然だろう?

 ただし、今回はその費用が外交部から拠出される。

 ……何故だと思う?」

「ええっと……。

 師匠と仲良くしたいから?

 ……じゃないよな」

「今回の同行は、ツカーズが外交部でやっていけるかの試験を兼ねているんだよ。

 外交部に最も求められるのは正確な情報の伝達だ。

 私見を挟むような奴は戦力外。

 嫌いな貴族相手でもフラットな感情を維持できるかを見ているんだろう。

 もう1人の外交部所属の男爵はツカーズが使えなかった時に、コネクションを奪うための人間だな」


 こっちの出張費も外交部から出ているので、今回はかなり割安な外国訪問なのだ。


「……奪う?」

「トランタウやジンバットの有力者を紹介してもらったら、ツカーズ家へ回す外遊予算を絞ればそれで良い話だからな」

「外国へ行くだけのお金がなくなるのか……」

「名目なんて幾らでも立つしな。

 社交界っての騙し合いの世界と言うことだ。

 お前らも気を付けろ」


 絶句している若夫婦から視線を外して、流れる風景を眺める。

 葉を落とした落葉樹が寒そうな景色を彩るが、日本に比べると体感温度は大分マシだと思いながら、一つ欠伸を漏らすのだった。

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