第254話 荒廃のベリート
シュールと今後の方針を定めた俺はスギタ子爵領都ベリートまでやって来た。
ここまではイムル家の血縁がいるはずのマクダイン家に向かう霊狐の馬車に途中まで便乗しての旅程。
ここからは杉田に馬車を出させての旅程とする予定だ。
辿り着いたベリートは寂れた街並みに、暗い表情の住人が辛うじて命を繋ぐ退廃の街となっていた。
「……アイツは何をやっているんだ?」
思わず呟く独り言。
ミフィアとの会話に馴れてから、街中でも独り言が増えて困ったものだ。
あっちはあっちで上手くやってるのだろうか?
「ミフィアは性格が女性格なだけで中身は、俺と同じだから最低限の条件は守るだろうが、逆に俺と同じだからこそやらかさないか不安だな」
ドラグネア帰還後から別行動の分体を心配しつつ、寂れた街の中央に聳えるベリート行政府改めスギタ子爵邸の門前までやって来て、門番に子爵を呼ぶように命じる。
「た、直ちに!」
何者だ! と止められる物語的な演出を期待したのだが、子爵家の家臣達は内紛時から杉田と行動を共にしている連中なので俺を知っている者が多いのか、青い顔で杉田の元へ走っていった。
先触れが出ているのでそれも当然か。
「師匠!
勝手に来たのかよ……。
これから迎えの家来を出す予定だったんだぜ!」
「そんな無駄な労力を割くより、教国へ赴く準備に注力しろ」
貴族としては真っ当な文句を言う杉田に荒廃の原因を理解する。
どうやら、この勇者は嫁の尻に完全に敷かれているらしい。
これでは復興が遅れるのも当然だ。
……懲りない奴め。
「辺境伯様の出迎えが出来ていないと怒られるのは俺なんだよ!」
「ふん。
俺が勝手に出歩くのなど、国内の貴族なら誰でも知っているし、誰も何も言わん。
それよりも馬車は用意できたか?」
冒険者上がりの俺がふらふらと出歩くのは"自然"なことだし、それで文句を言って自分の家にも電撃訪問されては敵わないので、あれこれと言う奴はいない。
それよりも重要なのはトランタウ教国へ向かう準備だが、
「無理言うなよ!
ついさっき使者が来て、トランタウ教国へ行くからお供しろって連絡をされたんだぞ!
馬車の準備は数日掛かる」
「馬車の1つくらいは常に用意しておけ。
使えん奴だ。
俺は近くの宿に数日泊まるから準備を急げ」
辺境伯家なら馬車数台を常に待機させる余裕もあるが、侯爵令嬢が降嫁したとは言え、平均的な子爵位でしかないスギタ子爵家ではそれも難しい。
……国内で使える馬車はあるが外国へ使節として赴ける馬車と言う意味でだが。
本来、下位の貴族が外国へ使節として赴く時は、王命であり、王宮の馬車があるので問題なく、彼らがそんな馬車を維持管理する必要がないとも言える。
では、何故スギタ邸の門前でこんな無茶なクレームを付けたか。
それは杉田を被害者に仕立て上げるためだ。
あたかも高位貴族の我が儘に付き合わされる格下と言うようにみせれば、周囲のやっかみも減る。
さてもう一押し、
「そうだ。
お前に話がある。
付いてこい」
「ギュエェ!」
「「「……」」」
問答無用で首を掴み、悲鳴を上げる杉田を引き摺っていく俺を集まった家臣が沈黙で見送り。
それを街の住人が不安そうに観ているのだった。
「ゲブッ!」
一番手近にあった宿に入り、最上級の部屋を1週間ほど借りると告げると、店主は領主を引き摺って来た不審な男にも満面の笑顔で快諾してくれた。
その部屋の床に、杉田を適当に放り投げて俺は近くのソファーへ腰掛ける。
「お前はトランタウ教国で1人の少女と出会い、恋に落ちる予定だから、心積もりだけはしておけ」
そして、ピクピクとしている杉田を無視して、杉田にやってもらう最重要事項を告げた。
「基本的に全部向こうがお膳立てをしてくれるので、下手に常識的な行動を取らずに、地球の漫画にあるような主人公的行動だけ心掛けろ」
「一体何なんだよ!」
コイツが迂闊な中学生のままなら良いが、街の具合を視るに、随分と貴族としての思考に矯正されているようなので、忠告していたら、復活して文句を言ってくる。
どうやら、内務卿達からは具体的な連絡がないらしい。
……まあ発案者は俺だし、俺が説明して脚本通りに動かすのが筋か。
「……まず今回のトランタウ教国への出向がどういう目的かだがな。
辺境伯家のトラブルで修道女を1人還俗させなければならなくなった」
「還俗?」
「……坊主を一般人に戻すみたいなものだ」
「勝手に戻せば良いじゃん」
こういうところは日本の感覚だろうな。
簡単に言うが、宗教に拘らない日本の感覚を引き摺ったままは危険でもあるし、ちょっと忠告を兼ねよう。
「今日で辞めますなんて簡単じゃない。
まず修道院や教会に入れば、その者は人ではなく神の使徒と言う区分になる。
人に戻す必要があるんだ」
「けど、ラーセンの教会に行った時のおばさんは普通だった気もするけど?」
……俺がミーティアを壊した時の話だな。
「……あの女性はただの信者だろう。
そこまでならすぐに足抜け出来るが、そこから1歩でも内側へ進めば普通の方法では不可能だ」
「足抜けって、犯罪者じゃあるまいし……」
「似たような物だ。
堂々と詐欺るか、こっそりかの違いだ。
まあ、正常に働いている限り、宗教と言うのが為政者に有益なシステムなのは間違いないからとやかく言わん。
それでな。
その女性を還俗させたいのだが、そのためには法王の許可がいる。
それを貰うための出向だ」
「ファーラシアの修道女なのに?」
そう言いたくなる気持ちも分かると言うか、俺も同意見だが、それくらいこの世界での宗教と言うのは強力な拘束力があるのだ。
「全ての使徒は、神の所有物で神の許可がなくては、還俗出来ず、神に申し出ることが許されるのが、法王と言う建前があるのだからしょうがない」
「……」
「もちろんそれに見合う心付けが必要になる。
今回は辺境伯領都への大神殿建設がその心付けだな」
新しい街に領主の公認で大神殿が建つのだから、間違いなくマウントホーク領の公認と言う誤認が生まれるだろうがそれもしょうがない。
「……」
「それでな、法王は神に申し出るまでは出来るが、それでも生きたままに還俗を赦すのは問題があるから、彼女には即効性の致死毒を飲んで1度死んでもらうんだが……」
「はあ? 死んだら意味がないだろう!」
俺の説明に杉田が疑問を投げ掛けるが、それも同意。無茶苦茶な話だよな。
「俺が一緒にいればすぐに回復魔法で蘇生出来るからな。
最上級の回復魔術や治癒魔術でも、蘇生出来ない現実を俺が奇跡を起こして対応するわけだ。
それで彼女の還俗が赦されたことになる」
本当にこの世界の宗教は力を持ち過ぎている。
奇跡まで持ち出さないと女性1人還俗させられない。
「……」
「それぐらいこの世界の宗教と言うのは厄介だと覚えておけ」
「……分かった」
渋々同意する杉田だったが、
「うん?
俺の出番はないんじゃないのか?」
「気付いたか。
そうここまではお前に関係ない話だがな。
修道女を還俗させるのに、もう1つ許可が必要な所がある。
……分かるか?」
「……王宮?」
「ああ。
所属が外れた人を国民として受け入れないといけないからな。
だからレンターに連絡をして許可を取ったんだが、交換条件を出された」
こっちが格上だから簡単に終わると思ったが、こちらの痛い所を突いて、交換条件を呑ませるまで成長したことを喜ぶべきか……。
「スギタ子爵領の復興だ。
例の立て籠り事件で、この街を倦厭する商人が増えたらしいな?
本当は公共事業を増やして景気浮揚策を展開すべきだが、スギタ子爵家にそれだけの資金はなく王宮も贔屓は出来ん。
いっそのこと給付金を配ると言う手もありだと思うが……」
「それはやっちゃダメだって、嫁に怒られた」
やはり、そうなっていたか。
給付金を配る方が公共事業を行うより安いんだが、貴族の常識が邪魔をするだろうな。
支配階級である貴族は立場上、"発展"のためにしか金を使えない。
一見"復旧"に見えても、長期的な目線での投資であるべきなのだ。
"復旧"のために使えば、タカれると侮る民が出てくるだろうし、それでは執政が回らん。
そこが民衆の代表である日本の政治家との最大の違い。
……まあ、日本の政治家には貴族のような感覚のアホが結構いたが。
「貴族が施すのは雇用や福利の面であって、直接的な給付金は出すべきでないと言うのも正しい。
折角施しても持ち逃げされたら丸損だしな」
「うん。
そんなことを言われた」
「炊き出しのような現物支給はしたか?」
「え? やって良いの?」
「
或いは在庫処分。
特に軍を動かせば食材が余るので、その処理の建前で戦勝祝いってのは良くある手だ」
まさか炊き出しがダメと思ったとは……。
領地を建て直す前に、コイツらに貴族としての教育を施す必要があるんじゃないか?
……テミッサ侯にも相談すべく、ジンバット経由で帰るか。
「まあいい。
兎に角、この街が復興してくれないと皆が困るんだ。
そのための援助をトランタウ教国から得るためにお前と教国の女性の婚姻を結ばせるのが、レンターからの条件だな」
「援助目的の政略結婚かよ……」
「嫌なら何処ぞのダンジョンで稼いでこい。
2ヶ月で金貨3千枚くらいが目安だ」
「……結婚するよ」
現実的なラインを突き付けたら、肩を落として諦める杉田。
当たり前か。
仮に『鬼の祠』でこの提示条件を満たすなら、15層前後でのソロ活動が必要だろうしな。
「それが賢明だな。
この婚姻には別の意味合いもあるし……」
「別の意味合い?」
「正直な話で、テミッサ侯爵令嬢は勇者子爵を支えるだけの能力があるのか? と王宮では疑問視がでているらしい。
スギタ子爵家に関しては、従士の巻き起こしたトラブルによる影響で苦労していると言う認識が広がり、それを本来どうにかすべきは夫人となるテミッサ家の令嬢の責任だろうと言われているのだ」
これは辺境伯家の王都別邸から届いた情報だが、コイツには開示しても良いだろう。
「はい?」
疑問符を出す杉田に説明してやろう。
「従士のレミなんとかが進言した時に諌めるべきだったのにそれが出来なかった。
一緒に行動していなかったなんて言い訳は通じんぞ?
子爵家の安定を最優先にしろと厳命していなかった時点で彼女の失態になる」
「……」
「子爵となった勇者が平民の子供に等しいのだ。
それを補佐出来ずして、夫人としての資格はあるのか? と言うのが王宮貴族の建前だ」
「建前……」
「ファーラシア貴族としては、外国籍の夫人を追い出して、その後釜狙いだろうな」
「……」
本音と建前の両方を教えてやる。
……コイツから夫人へ危機感が伝わるように。
「国内だけを見れば良い貴族の視点はそんなものだが、このタイミングでの婚約破棄騒動なんて、レンターや外務卿からしたらとんでもない話だからな。
下級貴族相当の女性を第2夫人として引き込む。
そういう算段がついたと言う訳だ」
呆然中の杉田に現実を突き付けつつ、内心で愚痴る。
本当に貴族と言うのは面倒くさいとしか言えんな。
……っと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます