第253話 マクダイン少年の数奇な運命

 ファーラシア王国の北西部にある小さな町を治めるマクダイン騎士爵家。

 ある日の昼下がり、その家から1台の馬車が出立した。

 マクダイン家の物より豪奢な馬車の客席。

 そこには複雑な表情の少年が、狐耳の少女と向かい合って座っていた。

 その少年に向かって狐耳の少女が口を開く。


「まだ納得できないのですか?」

「いや、色々とありすぎだし、これで納得しろって言われても……」


 少女の言葉に困った顔を浮かべた少年は、ここ最近の怒涛の展開を思い出す。

 始まりは、





「アイン。

 今日をもってお前を廃嫡とし、妹のミランダに婿を取らせて、マクダイン家を存続させる。

 お前は分家として、ミランダ達を支えるのだ」


 アイン少年の母親を除くマクダイン家の家人が集合した場で、重苦しい空気を纏って現マクダイン当主に当たる彼の父親が命令を降す。


「はい。

 誠心誠意努力いたします」


 それに頭を下げるしかない少年の名はアイン・マクダイン。

 マクダイン騎士爵家の嫡子だった少年だ。

 しかし、王都で政変がありロランド王子の派閥に属する貴族の大半が力を落とした。

 それにより、ロランド派イムル男爵家の3女であったマクダイン騎士爵夫人は、自ら離縁を申し出て修道院へと去っていった。

 弱小騎士爵家が後ろ楯を失った男爵令嬢を庇おうものなら、風前の灯火のように消え去るのが目に見えているのだからと。

 そして、その子であるアインもイムル男爵の孫に当たるわけであり、彼をそのまま嫡子としておくのは中央から介入を受ける名目になりえる。

 やむなくマクダイン騎士爵はアインを廃嫡とした。


「私達のために精々頑張るのですよ!」

「お願いしますね。

 お・に・い・さ・ま!」


 その状況に嬉しくて堪らないのが、側室から正妻に繰り上がった第2夫人とその娘のミランダだった。

 豪農出身の第2夫人にとって、コンプレックスの源だったアインの母が修道院へ入ったことは天恵とでも言うべき幸運だっただろう。


「よろしくお願いいたします」


 昨日まで格下だった2人に下げたくもない頭を下げるしかないアインではあるが、ミランダがいなければ、マクダイン騎士爵家は断絶させられ、ミランダが異母弟であれば、放逐されていたかもしれないのだからと、奥歯を噛み締めて頭を下げるのだった。





 再び馬車の中、


「あなたの妹達はすごい忌々しそうな顔をしていたわね」

「……まあ1度追い越した相手が決して届かない先へ行きましたので」


 当時の悔しさを思い出していたアインへ福音をもたらした少女が呆れた表情で話し掛けてくる。

 ミランダ達のフォロー要員で終わる予定だったアイン少年は、目の前の狐耳を生やしたマウントホーク辺境伯家の遣いにより新局面を迎えた。

 それは……。






 昨日の話。

 急に豪華な馬車でマクダイン家へ乗り込んできた少女は、マクダイン騎士爵に家人を集合させるように命じ、マクダイン騎士爵はその求めに速やかに応じた。

 "マウントホーク辺境伯の遣いである"と言われれば見た目が獣人の少女でも応じざるをえない。

 しがない騎士爵家などマウントホーク辺境伯が気に入らないと思うだけで、消え去るのが目に見えているのだ。

 彼女が少し悪意を盛って報告するだけで自分達の将来が潰れると思えば、その扱いが最上位になるのは必然だろう。


 集められた家人を前に少女は、


「ここにイムル男爵家の孫に当たる少年と縁者がいると訊いたのだけど?」


 と問う。

 それを聞いて悲しい表情になる騎士爵とアイン少年。対して夫人とミランダは満面の笑顔。

 対照的な表情だが、感想は等しくマウントホーク家による粛清だと言う思い。


「そのような者は……」

「私がアイン・イムルです。

 御使者様。

 この家には私以外にイムル家の縁者はおりません!

 その咎はどうぞ、私だけに!」

「イムル家から付いてきた使用人がいるでしょ?」


 口ごもる騎士爵に対して、速やかに名乗り出たアイン。

 その様に可愛く首を傾げる美少女。

 貴族家から降嫁してきたなら世話係がいるはずなのだと問うが、


「母と共に修道院へと赴きました。

 今まで苦楽を共にしたお嬢様を独りに出来ないと言って……」


 本当はその女性の子供達が、アインの側遣えをしていたが、そんなことは言えない。


「そう。

 じゃああなただけでいいわ」

「……宜しいので?」

「必要なのはイムル家の血筋の人間だけだもの」

「御使者様!

 息子はイムル家とはほとんど交流もなく、その子が祖父の罪滅ぼしをさせられるのは!

 何卒、辺境伯様にご一言頂けませんか!

 何卒! 何卒!」


 少女の言葉で辺境伯家の望みが、息子の命と考えた騎士爵が必死に拝み倒すが、その言葉が狐耳の少女に響くことはなく、


「何言ってるの?

 この少年がイムル家の血筋なのは事実でしょ?

 陪臣家の補佐に必要なのはその事実だけよ?」

「そこをなんとか!

 …………はい?」


 騎士爵は自分が想定もしていない言葉に、目を丸くさせる。

 罪人として処罰するのではないのかと。


「この少年の伯母に当たるベストリア・イムルが従士として功績を挙げ陪臣として、家を立ち上げる許可を得た。

 それなりの年齢である彼女には跡取りが出来ない可能性もあるので、その保険であり、跡取りの後見を任せられる親族の子供を必要としているのだけど?」


 しかし、使者の口から出たのは真逆の言葉。

 呆気に取られるしかない騎士爵家の面々を前に、


「そもそも血筋で功罪を問うなら、レンター陛下の即位はあり得ないわ。

 当たり前でしょ?」


 と続ける。

 彼女から視れば、騎士爵の発想こそ突拍子もない考えだった。

 故に、騎士爵の危惧を考慮すると言う考えがない。


「……」

「……あの、それで私はどうなるのでしょうか?」


 沈黙する父親に不安を感じた少年が尋ねれば、使者の少女は、


「辺境伯家で陪臣の跡取りとして働きなさい。

 ベストリア殿に子が生まれた時は後見人として陪臣家の家中をまとめよとのこと」


 この時点でベストリアが死亡しているので、アイン少年が陪臣家を継ぐことは確定しているのだが、その事実は伏せられている。

 もう少し大人になれば、何故跡取り"候補"の少年に上位の家臣とも言える霊狐の1人が派遣されるのかも分かっただろうし、それを切り口に優位な交渉も結べたかもしれないが、現状の少年には降って湧いた幸運に喜ぶことしか頭が回らない。


「それじゃあ準備をしなさい。

 今日中に発つわよ」

「お待ちください!

 暫しのご歓待を!」

「必要ないわ」


 そう言って帰り支度を始める使者に、慌てて引き留めようとする騎士爵だが少女は素っ気ない。

 彼女の視線は騎士爵を通り越して、アインの異母妹とその母親に向けられる。


「彼女らが少年に危害を加えない保証がないでしょ?」

「そのようなことは絶対にさせませんし、アインの身支度もあります」

「辺境伯家の陪臣として相応しい物をこちらで用意するわ。

 ……行くわよ」

「お待ちなさい!」


 アインに出立を促す少女に、義理の母親となった夫人が待ったを掛ける。


「何かしら?」

「騎士爵家の当主である旦那様のご意向を無碍にするとは何事です!」

「?」


 夫人の言葉に当惑する少女。

 それを見て勝ち誇るように胸を張る夫人と対照的に顔を青くする騎士爵。


「無礼にもほどが……」

「騎士爵程度が何を行っているの?」

「何を!」

「騎士爵と言うのは貴族ではないわ。

 王家直轄地を管理する管理人にすぎないし、その階級は平民なのだけど?

 対して私やこの少年が入る陪臣家は辺境伯家に認められた家臣であり、準貴族としての権限を与えられる。

 ……そんなことも知らないの?」


 そう。

 本来騎士爵には継承権はなく、世襲も認められていないし、貴族でもない。

 ただ、数多くいる騎士爵を一々任命するのが面倒だから先代の騎士爵が推薦して、それを承認する形で世襲を黙認している。

 ましてや、領民の反抗心を育てぬために騎士"爵"と号されてはいるが、実際は貴族ではないのだ。


 対して、陪臣家を立てることを許されると言うことは代々の世襲が主家に認められ、それは王家の承認を受けての物である。

 陪臣は他の貴族家に出向することもあるし、王宮に出向くこともあるので、その身分を国が保証するのだ。


「……」

「それでは失礼する」


 夫人が絶句していると、一言声を掛けて出ていく使者とアイン。


「お待ちください!

 せめてお見送りを!」


 固まった母子を放置して騎士爵が付いていく。

 辺境伯家の使者を見送らなかったなどと言う評判が付けば、後々命取りになりかねないので、彼も必死である。






 出来れば父の頼りない姿はみたくなかったと思いつつ、


「夫人と妹は勘当されて、新しく後妻を迎えるかもとのことです。

 こっそり耳打ちされました」


 アインはすっきりした表情で対面の少女に報告する。


「でしょうね。

 それくらいの罰を与えておかないと騎士爵家そのものが侮られるわ」

「……はい」


 嫌いではあったが、騎士爵家を追い出された家族に同情もしてしまうアインを乗せた馬車は、一路東へ向かうのだった……。

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