第206話 ボーク家の兄弟
王国でも古参の侯爵家であるボーク家の広間。
そこで上座に座るように促される俺と片膝を付けて礼をする2人の男。
ロッド翁からボーク侯爵位を継いでボーク侯爵となり、現在はボーク巫爵となったロッド翁の次男、シモン・ボークとその弟で現在従士長をしているジャック・ボークである。
「…お初にお目にかかります。
ボーク家の現当主シモンでございます。
こちらは弟のジャック。
現在は従士長をしている分家に婿として入っております」
「うむ。
ファーラシア守護竜領総領主の守護竜ゼファートである。
まず、貴殿を正式にボーク巫爵として任命する。
現領地に加え、南東方面中心に17貴族領をまとめて統治するように。
詳細は任命状にある通りだ」
その任命状はレギン伯爵を中心とした内政部の作成で俺は目を通していないけど…。
「謹んでお受けいたします」
「頼むぞ。
それで旧領主の処遇は原則としてはお前達に一任するが、幾つかの家は王国軍から分家筋の者を入れるので代官職として存続させるように依頼されている。
それは、…こっちの書状だな」
そう言って、そちらの書類はジャックに渡す。
軍事行動の統括は彼だろうから…。
「……少々お待ちを! バルプス家が残り、ケーネイス家が取り潰しと言うのは納得出来ません!」
「そうなのか?」
「バルプスは税重く私腹を肥やしてきた一族です。
対して、ケーネイス家は清貧を家訓とする人道的な領政を…」
「ジャック!」
俺へ意見する弟を諌めるシモンだが、その2家は珍しく事情を知ってる。
バルプスって言うのはキンカクの実家だな。
ケーネイスは、音楽的な素養が高い一家で王宮が欲しがっていた。
「安心しろ。
バルプス家は義勇軍で指揮官を務めた王国軍将軍のキンカクが継ぎ、旧領主達は領内安定のために別地への赴任となる。
ケーネイスは領主より宮廷楽士としての方が適性が高いだろうと言う判断だ」
…表向きはな。
キンカクからも本家の悪行が伝えられていたので、功績のない本家を左遷して、キンカクの分家を代官家とする。
あいつもそれなりの歳だから隠居させてやりたいと言う王国の意向もある。
新しい代官として赴任する土地はグリンダ平野の隅でそこで従来の部下、つまりは圧政に荷担した連中だな。これらもまとめて送り込むことが決まっている。
住人を強制的に連れていくのは禁止しているので、公募するしかないが、悪名高いバルプス本家に従う住人はいるのかどうか。
芸術面に長けたケーネイス家が守護竜領で代官のような地位にあると同じ守護竜領のゼイムにある芸術都市へと移住とかされると、ファーラシア王家としては損なわけで、その前に王宮へと招聘してしまいたいと言うのが本音と見た。
「因果応報に報いを受ける。
安心してくれていい。
さて、俺がここへ訪ねたのは、ロッド翁達を殺害したアンデッドの情報が知りたかったからだ。
…詳しい情報を話してくれ」
「それは…」
「ロッド翁から手紙を貰っているだろう?
保護された異世界人の1人が俺だ」
「「な!」」
俺のカミングアウトに2人とも顔が驚愕に染まる。
「途中でケンカ別れしたがな。
弔いの仇討ちくらいはしてやりたい」
「……」
「…それでは自分が。
私は父達を出迎えるためにバイエル伯爵領まで領軍を率いて出陣しました…」
沈黙するシモンに対して、手を挙げたジャックが内容を語りだす。
現場を見てきた人間がいるのはありがたい。
「そこでは兵士の集団が黒い鎧の騎士と交戦しておりました。
不思議に思いつつも、近付くと兵士達が守っている馬車が当家の紋章を付けておりまして、それが父達の乗る馬車とその護衛であると知ったのです」
「うむ」
「我々は急いで救援に向かいましたが、その最中騎士に斬られた兵が同じような騎士となり元の仲間を攻撃する場面を確認しまして、それが上位のアンデッドであると認識しました」
「眷属化能力と考えたのだな?」
「はい。
それを見ては我が軍に勝ち目がないと言うのは明白です。
二次被害を避けるために一時退却を行いまして、数日後に再確認しましたら、そこには無数の血痕が残っているのみでした」
…妥当な判断だな。
アンデッドを強化するような真似は避けるべきだし。
「…そうか。
周囲の調査は?」
「危険を考慮して、退却優先での調査を実施しましたが、生存者は1名のみ」
「生存者?」
「元嫡孫であり、我々の甥に当たるファイトのみです」
「ああ。大人達が足止めしたのか」
マナとそれなりに面識がある少年だが、両親とその派閥に属する主な家臣が失われた状況では、ボーク家の継承は難しいな…。
「ファイト少年は病気になったりしているか? 或いは既に病死などは?」
「いえ、ただショックのあまり人には会わせられない状況でして…」
「そうか。
…どうだろう?
我が軍は港街ペルシャンを手中に治めた。
彼の地に療養用の別荘を借りて過ごすと言うのは?」
ボーク領内に置いて下手な火種にならないように、ペルシャンへ移してしまうのが事前策だろう。
他の貴族領がなくなり、その家に仕えていた人間が放逐されている状況で、旗頭になる人間を放置するのは危険だ。
かといって、処断してしまうのは醜聞も悪い。
「……」
「…内乱時は全てそちらで対応するなら構わない」
「…たまわりました」
シモンは俺がファイトを手元に置いて、後々に巫爵位に叙することを警戒したようだが、数日同じ家で生活した程度の少年にそこまで肩入れするはずないだろうが。
「本題に戻す。
アンデッドについて他に情報はないか?」
「…そうですね。
我らが遭遇したのが昼ですので、向こうは相当高位のアンデッドであるとだけでしょうか?」
「…まあ、ロッド翁が殺されている時点で間違いないか」
あれでもそれなりレベルの魔術師だったしな。
さて、
「一通り知りたい情報は得たし、早速向かうと…」
「お待ちください!
折角、主となる方が来訪されたのに歓迎の宴を催さないのは名折れです。
一晩でよいので当家にご宿泊下さい!」
「是非に!
息子達にも挨拶をさせていただきたいですし!」
さっさと出ていこうとした俺は、兄弟に慌てて止められた。
主君を素通りさせたは外聞が悪いか。
「だが、内乱で疲弊しているボーク家の負担は…」
「疲れているからと主君に従わぬ、配下はございません!
不忠の謗りは末代までの恥ですから!
ジャック! 後は任せた!」
そう言って、駆け出していくシモン。
……いや、良いけどな。
「基本的にいい奴なんだろうがな…」
「…兄がすみません」
俺は謝罪するジャックに苦笑するしかないのだった。
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